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episode.9-7

ポケットに入っていた飴を塊へ投げ付けた。 飛んでいった物は擦り抜けて、硬いフローリングにぶつかった。 分かっていた。あれは自分の外傷、記憶の映し出したホログラムだ。 何でそれが現実にまで生えてきて、食い込むのか。 奈落へ連れ込むのはあの男じゃない。 だってもう死んで居ない。 (本郷さんは何処まで行ったんだ) ぽつりと零して時計を見やった。 5分と経っていない。 材料を選んで帰るだけなら、1時間も掛からない話だ。 その間に萱島が家を出て行ったら、彼は一体どれだけ苦しむだろうか。 (あの人が傷付くのは嫌だ) 裏切るのも嫌だ。 僅かでも影になって、心の隅に残るのも嫌だ。 明日家に帰れるのであれば、それから大人しく諸々に清算をつけられるなら、その方が断然良い。 喧騒が去り、静かになったらこの街を出よう。 先の事なんて何一つ決めていない筈が、行きたい場所があった。人類の母。全ての生き物が、始まった場所。 未だ春は遠いから冷たくはあるが、きっと静かで優しいのだ。 「和泉…」 これからを考えて、最後に当たり前にその顔が浮かんだ。 彼の親友はどうなったのだろう。 奇跡は起きただろうか。 神様が思いを掬って欲しい。だってあんなに毎日気に掛けて、訪れていたのに。 今は何の嫉妬も躊躇いもなく君の幸せを願える。 別に何処に行ったって、ずっと好きなんだから。 廊下に棒立ちになって耽っていた。 俄にインターホンが空気を割り、萱島の身体が驚いた。 言った通り宅配が来たのか。 思ってから妙だと首を捻った。 それならエントランスで呼び出す筈が、どうして既に玄関に居る。 惑いつつ、するりと両脚がフローリングを離れる。 萱島は足音を消して玄関へ向かう。 気付かれない様に。そっと靴に体重を乗せ、ドアスコープへ目を寄せた。 次の間、金縛りにあった。 扉を一枚隔てた向こう、ずっと思考を占めていた戸和が立っていた。 少し息を切らして、泣きたいくらい愛おしい姿が其処に存在している。 瞬きも出来ない。萱島は足元から凍り付き、胸へせり上がる何かを抑え込んだ。 彼が再度インターホンを鳴らそうが、ぴくりとも動けなかった。 最後に呼び起こした幻の様な心地がして、只管に映像を目に焼き付けていた。 彼はやがて反応の無いドアから視線を背けた。 それだけ持ってきたのであろう、上着から携帯を出して何処かに掛けていた。

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