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episode.9-11
「電話したんじゃないの」
「出ない」
「変なの、態々こんな所まで引っ越してきたのにな」
真意を測りかね突っ立つ。
背景の一部として聳えていた、タワーマンションを差して牧は肩を竦めた。
「あれお前ん家だろ」
何も言わないのを肯定と見なす。
「いっつも見てたから、其処の手摺寄っかかって」
その姿を想像して感想に悩んだ。
見ているなら、来れば良いものを。
隣の住人に気にされるくらい、寒い中に屯していたのだ。
戸和は今更思い出した。最近マシになってきたものの、会いたいから会いたいと言えない性格を。
臆病でシャイな表面の内、更に根が天邪鬼なのだ。
どうしようもなく面倒でいじらしい。
その気なら何処までも追い掛けてやろう。
上着の携帯に手を伸ばした瞬間、それが鳴った。
怪訝な顔でディスプレイを見やった。
残念ながら本命では無かったが。
珍しい着信元に、戸和は直ぐ様応答した。
「…ご無沙汰してます、どうされまし…」
挨拶も途中で遮られる、切羽詰まった様相へ背を伸ばした。
「今は…東十条ですが」
急いていれど歯切れは良い。
続いた端的な指示に、漸く取っ掛かりを見つけた。
少し常の平静さを取り戻して電話を切る。
様子を察してか何も言わないまま、牧は相手を見送るかの如くひらひらと手を振った。
急な脱力感に襲われ、気付けばリビングのソファーに顔を埋めていた。
ふっと意識と五感が上る。
初めに背後で時計の音がした。
今は何時だ。
慌ててそれを振り返る。
ずきん。頭の芯に響いて、萱島は肩へ爪を立てた。
幸いそれ程時間は経っていない。彼は未だ帰らず、部屋は冷え切っている。
影は居なくなっていた。
否、形を変えて広がっていた。
溶けて壁を伝い、範囲を広げて、脚元へ絡み付く。
鉛に巻かれて動けない内に、玄関が開いた。
本郷が戻って来たのだ。
迫る足音を、平気な面で迎えようと身を起こす。
上手く行かず中途半端になった。上司はそんな姿を認めた後、間も置かず距離を詰めてきた。
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