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episode.9-12
「あ…買い物、行ってたんじゃないの?」
どうして何も持っていない。
上着も脱がず、本郷は目前へ膝を突く。
「萱島、おいで」
「?」
「こっちおいで」
腕を引かれ、従うまま温かい胸へ身を寄せた。
抱き締められたのかと思いきや、急に重力に逆らい身体が持ち上がった。
「え、え」
「お前上着は、何処やった」
いつか彼が娘を抱き上げた光景を思い出す。
勝手に浮遊感に襲われ、落ち着かない。
「ど、どうするの」
「出掛けるから」
「出掛けるって…」
落ちないよう気を遣われてこそいるが、展開から置いてけぼりにされていた。
結局本郷はその辺りに落ちていたジャンパーを勝手に拾い、出入り口へと来た道をUターンする。
「外…?外出るの?」
不安げに問えば、彼が側面で微かに頷いた。
今まで頼んでも余り聞いて貰えなかったのに、突然どうしたと言うのか。
まさかこれから家に戻る訳でもあるまい。
しがみついていたら、視界で出口が割れて外へ出た。
夕刻の冷気に竦む。
厚手の外套で包まれて、呆然としている間にエレベーターで下へと落ちる。
(人が居る所は嫌だ)
漠然と他人の視線を恐れる。
幸い箱が行き着いたロビーに人は居らず、横付けされた車がぽつんと佇むだけだった。
本郷は其処でようやっと萱島を降ろし、戸惑う背中をそっと押しやった。
「乗って」
「…何処に行くの?」
「お前の行きたい所」
何時だって萱島の求める物だけをくれた、本郷の表情が今は読めず、ちりりと妙な不安が胸を焼いた。
脚を地面に引っ付けている。
後ろから相手がドアを開け、半ば強制的に中へ押し込まれた。
彼らしからない。
性急さに目を瞬く。
そして今度は、隣の運転席から思い切り腕を引っ張られていた。
「――…っ」
行為と、その動作主に時が止まった。
蹌踉めきながら見上げた先には、当たり前の様に先に別れた筈の戸和が座っていた。
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