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episode.9-13
「ど、どうして」
黄昏を跳ね除ける澄んだ双眼。
変わらぬ強さに吸い込まれ、もう一つも言葉は出てこなかった。
握られた右腕は熱い。
どくどくと血がのたうち、全身へ逃げ回る。
「何かあれば電話しますので、すみませんが…」
「ああ行って来い」
背景で本郷との会話が聞こえ、助手席のドアが閉まった。
硬直した萱島をそのまま、車体は緩やかに滑り出し、マンションやその他諸々を背後へと置き去る。
窓を道が流れる。
電柱が流れる。
世界は黙っている。
小さな身体をシートに押しこめ、ベルトを締めて、1人すべてを止めたまま。呆然と膝を抱える相手に、数分経って漸く青年が口を開いた。
「…何も言わないの」
責めるとも、撫でるともなく。
淡白な音に恐る恐る視線が上がる。
「何も言いたくない?」
今度は尋ねた。
その答えを、期待はしていなかったのだろうが。
案の定また唇を噛んだ相手に、もう話し掛ける事はしなくなった。
車内は沈黙が満ちた。
走りだす箱の中で、萱島は突然日常が切り取られてワープした様なイレギュラーな感覚に包まれていた。
数カ月前、初めてプライベートでこの席に居た。
映画を見に誘い、眠れないままその日を迎え。移されたアメジストの温度さえ、未だ鮮明に其処にある。
(…夢を見てるみたいだ)
あれから一度目覚めて、もう一度眠りについて、続きを見ている。
だって隣に君が居る。
いつも真っ直ぐ先を向いた、迷いのない姿が。
手を伸ばして触れたら消えてしまいそうだ。
触覚を求めた瞬間、弾けて現実に戻るならもう少し見ていたかった。
西日に射された横顔をそっと覗いた。
確かにユートピアの如く、空間は美しいまでの橙だった。
車体はやがて住宅街を抜け、国道へと移り、スピードを増して幅広い道を行く。
果ては料金所を抜け、徒広い高速を走り始めた。
何処まで行く気なのか。
もう陽は月との交替をはかり、急ぎ足で水平線へ迫っている。
高速の単調な景色を迎え、それでも目を閉じる事無く座っていた。
定間隔で照明灯が過り、幾つかトンネルを潜り抜けた。
そうして大人しく流れていた矢先。
不意に聳えていた山が途切れた。
ガードレールの向こうが空白で、俄にぽっかりと何も見えなくなっていた。
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