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episode.9-14
世界が無い。
驚いてじっと目を凝らした先、ギラギラと陽が跳ね返って飛んできた。
その眩しさに鼻白む。
然れど正体を追って覗き込む。
橙に焼けた、ぼんやりと揺れ始めた色が、水面だと知った。
「…海だ」
言葉を置く様に呟いた。
青年は静かに車を滑らせている。
境界が見えた所へ、雲や太陽が一目散に駆けていた。
まるで今日の命を終えるべく、静かに母体へ帰る様だった。
「上着、ちゃんと着て」
前を向いたままだった彼が言葉を発した。
車は何時の間にか本道を逸れ、脇道へと流れて速度を落とす。
「もう着いたから」
すべてが反射の要因となり、車内は余さず塗りたくられていた。
夢見心地の萱島を乗せ、車は傍らの草陰へと停止した。
エンジンが切れ全くの無音が訪れる。
こんなに静かな場所があるのだろうか。
そう考えていたらドアが開け放たれ、隙間から冬の冷気と波音が流れ込んできた。
砂利を瓶に入れ振ったような、単純に思えてそうでないさざめき。
心の不純物を攫っては、また元に帰る。
「行くよ」
彼の姿が天然の白熱灯へ溶け出した。
つられて身体を起こし、車体の外へ続く。
(砂が)
一歩出て、不思議な程に脚元が沈む。
グラウンドなら踏んだ事はあっても、天然の砂浜は未知だった。
何処までも底まで砂なのだろうか、そう考えると掬われようがふわふわと、何だか沈む度に楽しみさえ覚える。
柔らかい感触にバランスを崩すと、側で見ていた戸和が見かねて手を掴んだ。
「あ、」
「何?」
目が覚めてしまう。
ところが突っ立つ己の手前、彼は微塵も揺らがず其処に居る。
温かく大きな存在が包んで、結局萱島の手を引いて歩き始める。
シーズンと時間帯も相俟り、見渡す限り端から端まで無人の中を。
潮を含んだ風に晒され、囁く波間を目指して。
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