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episode.9-16
「俺も沙南も、知らない事の方が多いよ。増して先の話なんて、誰にもどうなるか分からないだろ」
「…でも、ずっと」
物心ついた頃から現在まで、追い掛けて来る影を思い出す。
アレは消えない。これからも消えない。
きっと死ぬまで、否絶対に消えない。
「沙南は生きてて、予想外の展開なんて無かった?」
黒い瞳に自分だけが映り込む。
2人しか居ないみたいに。
「俺はあったよ」
単調に揺れる波が立ち退いた。
次が来なくなった。意識の外へ流れたのだ。
萱島の今は、戸和で全部になった。
「…お前に会えた」
頬を涙が滑り落ちていた。
感情が止まらなかった。
どうして良いか途方に暮れた、だって世界がこんなにも優しい。
「ありがとう」
偽りない瞳が、真理として浮かぶ。
静かに伝えられた感謝の言葉に、砂浜へ次々と雫が跡を作った。
一体、自分の方が、幾つ、礼を言わなければならないのに。
また君の側から、結局今日の、今に至っても。
「俺は何だって良い…隣に居られるなら、何時までも新しい世界が見える」
波の代わりに涙が地面を濡らす。
言った通りだ。先なんて読めない。概念すらなかった。夢でなく、こんなに温かい夜が存在する。
「お前は何処に行きたい?」
指先を包む熱が引き寄せる。
痩せた身体を支えられ、萱島は喉を引き攣らせた。
「…、めだよ」
彼に飛び込みそうになった。すんでに首を振る。
「どうして」
「ずっと、甘えちゃうよ」
「良いよ」
間髪入れぬ声に視線を跳ね上げた。
こうしている時間だって、実は焦燥と罪悪感で一杯なのだ。もしかしたら彼の親友が、去ってしまうかもしれない。
最後の機会を自分が奪ってしまう。
必死で歪んだ顔に、優しい熱が掠めた。
頬に降るだけの口付けをされた。
「俺の残りの人生、全部お前にやるよ」
どうして。
その身に抱擁を受けて、みっともなく泣きながら、哀しみでもない、苦しみでもない衝撃に体内を一掃されていた。
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