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episode.9-17

分かっていた事だけど認めるのが怖かった。 本当は離れられる訳が無かった。 もう君が居ないと、生きられなくなっていた。 ゆっくりと腕を回して、体温に顔を埋めた。 第六感では初めから知っていたのかもしれない。 車で駆け付けた姿にこんな風に身を寄せて、温かい缶コーヒーを貰って。たったそれだけの事で、平気になって世界を愛せる。 例え出会った嚆矢が偶然だとして、神様が新しい運命を握らせてくれた。そうだ君が居れば、何も怖くなんて無い。 大好きな匂いに満たされ、鼻を啜った。 長い指が顎を掬い、されるがままに頭を持ち上げた。 「…いつまで泣いてる」 いつもの呆れが顔を覗かせた。 目元をぐしゃぐしゃにした萱島を撫で、首元を擽る。 「こんなに痩せて」 「…くす、ぐったい」 小さな肩が竦んだ。 血色の悪かった頬が色づき、涙を拭って覗き込む。 「……」 「そんなに見ないでよ…」 「まったく俺を散々振り回すし」 「…ごめん」 意図せず心労を掛けたようで、萱島は素直に謝罪を漏らした。 空気が懐かしい物に戻った。途絶えていた波の音も帰る。 「どうしてしんどい時に言わないの」 「だって…忙しいかと」 ほっぺたを抓られ変な声が出た。 痛い。簡単に涙を溜める様に肩を落とし、青年は抓った箇所を指の背で労った。 「そうやって俺の事も勝手に決めない」 「はい…」 「ほんとに分かったの」 「…はい」 また泣く。 ぼろぼろ今度は嗚咽もなく、最早生理現象の如く涙を落とし出す。 致し方なく追求を止め、戸和は冷え始めた身体を抱き締めた。 「体は平気?」 身体越しにくぐもって響く問いに、萱島は目を瞬く。 続きを促し、頭上の瞳と視線を重ねた。 「…もう一つ、連れて行きたい場所があるから」 先と同じくらい真剣な色だった。 想像を巡らせる。答えに行き着く前に、青年が動いた。 身を翻し腕を引く彼に、萱島は慌てて歩を進め、大海を背にその姿を追い掛けた。

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