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episode.9-19
「――誰か来たな」
びくりと萱島の肩が跳ねる。
掠れた低音。知らない存在に制止を受ける。
「この歩き方…よし分かったぞ、お前だろ和泉」
戸和の方は構いもしなかった。
仕切りに設けたカーテンを一息に開け放つ。
ベッドには未だ年若い青年が横たわっていた。
光を避けたいのか目は包帯で覆われ、傍目にも健常とは言い辛いが。
癖のある金髪に萱島が唇を噛む。
名状し難い感情で支えた。
待ち侘びた彼の親友が、意識を戻しベッドの上で微笑んでいた。
「分かったも何も俺しか来ないだろ」
「いや違うな親友、もう一人居るぜ…でも先生じゃない様だ、初めまして」
流暢な日本語を並べる。
どうやらお喋りな質らしく、人好きのする顔で此方にも話を振って来た。
握手に骨の浮いた手が伸ばされた。
困惑しつつも握り返した。
「ジェームズ・ミンゲラです、どうも」
「…萱島です」
「ん?萱島?…って言うと…ワオ」
軽くむせた後裏返った声で、それでも底から喜色を湛え華やいだ。
「最高だ、どうやってお会いしようかと思ってた。実はこの仏頂面からお話は聞いてまして…なんせ急で驚きましたが、本当におめでとう御座います」
「おめでとう御座います…?」
「Yes, Best wishes to both of you on your special day!」
リンゴーン。衝撃的な祝詞に固まる。
恐る恐る隣を向くと、戸和は明後日の方角を見ていた。
「和泉くん」
「…ジム、未だだ」
「あん?お前…まさかプロポーズもしてない?あれだけ惚気といて良くも…」
自分の居ない間に、一体親友と何を話していたのか。
内容に引っ張られて目を白黒していたが、落ち着いてみれば別の箇所にむず痒くなった。
話していたのだ。
僅かな時間、積もる話題もあるだろうに。隙間で態々自分の事をそんなにも。
台詞に迷って押し黙る。金髪の彼だけがニヤニヤと、微妙な空気を纏った両者を物珍しそうに眺めていた。
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