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episode.9-20
「…この糞野郎は餓鬼の頃から知っていますが、なんせジジイみたいに枯れた人間でね。俺が寝てる間にすっかり見違えて驚きましたよ」
「糞野郎はお前だ、目が覚めた途端ベラベラ喋りやがって」
「何だ?嬉しい癖に…良いからお前茶でも淹れろよ。いつまで恋人を突っ立たせてる気だ」
顎で使う男に眉を顰めたものの、戸和は早々と給湯室へ姿を消した。
手伝おうかとも思ったが。萱島は手近の椅子を勧められ、素直に其処へ腰を降ろした。
喉を使い過ぎたらしい青年がまた咳き込む。
「…平気?」
「ああ、失礼…可愛い声ですねMr.?Mrs.…?」
「Mr.で合ってるよ」
Ms.も御免だが、Mrs.は尚更勘弁して頂きたい。
「本部の主任だとお伺いしましたが、一昨年の件はご存知ですか」
「話だけなら」
「成る程…いえ正直ね、俺は目が覚めた所で誰に何を償えば良いのか…1人で参ってまして」
調子こそ軽いが、恐らく鼻白むほど真剣な目をしているのだ。
話題が話題だけに、萱島は台詞を考え倦ねた。
萱島とて実際に関わった件でない。
不用意な発言は出来かねる。
「自分が直接誰かを撃ったのか、殺したのか…もうはっきりとは覚えていません。ただ意識が無い間も繰り返し見た気がする。無抵抗な民間人が、血だらけで俺に命乞いをしていた」
ぽつぽつと慎重に言葉を選ぶ様は、先の剽軽な調子とは一転していた。
きっと物凄く聡い青年に違いなかった。真面目で、人柄も良く、何より彼の親友。
ジェームズ・ミンゲラという人を、萱島はこの上なく好意的に見ていた。
「…何をしているのかと思いましたよ」
毛色の違う皮肉めいた口元で語る。
「俺はね、萱島さん。自慢じゃないがそれは優秀な工作員だった。血反吐を吐く訓練もした。それがね、全部下らん結果になったでしょう…」
聞いている事しか出来ないが、それで十分足りた様だ。
「あの時アイツがあれ程必死に止めたのに。まったく自業自得は承知ですが」
この青年は幾つだろう。
多分見目からして、彼と変わらないのだ。
「一体今まで俺は…何の為に生きてきたのかと思ってね」
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