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episode.9-21
穴へ落下していく姿に思わず手を伸ばしかけていた。
自分と等しく、泥濘に落ちてしまう。
ところが何が起こったか。俄にジムは面を上げ、悪餓鬼みたく口端を引き上げた。
「しかし閣下、吉報があったんですよ」
バランスを奪われ崩れる所だった。
認識されず幸いで、中途半端な手を引っ込める。
「…吉報?」
「ええ、あの野郎がどんな面で貴方の話をしたか…何、見えないのに分かるかって?フッフ、何年一緒に居るとお思いですか」
自ら擽ったそうに首元を掻きながら青年が笑った。
無邪気を絵に描いた様だ。
「アイツも大人になったもんだと嬉しくてね」
「何様だお前は」
背後からすっと当人が会話に加わった。
日本茶を二揃いテーブルに並べ、ご丁寧に萱島には菓子まで寄越す。
「勝手な事ばかり喋るなよ」
「勝手なことォ…?」
ジムは今度は意図的に裏声を捻った。
そうして次は黙り込み、手を束ねて明後日を向く。
何か真剣な気配を察し、戸和は二の句を引っ込めた。
素気無く置かれた卓上時計がやけに五月蝿い。
「…勝手な事ね。否本当に勝手な事は、今から言おうと思ってた」
何処を見ているのか。
天井か。突き抜けた空か。はたまた過去か。
「嬉しいと思ったのはそれだけじゃない。俺は自分がやらかした件で全部をお釈迦にしちまった、もう生きる価値も無いと思ったね…でもな」
隠された瞳はどんな色をしているのだろう。
きっと透明で、果てもなく美しいのだ。
「結果論でも2人が出会うきっかけを作ったのは俺だろ。そう考えたら、強ち俺の人生も無駄じゃなかったのか…ってね」
面食らって動きを止めた。
それでも次第に萱島を、この青年に対する不思議な情動が満たし始めた。
取り繕いなのか素なのか、相変わらずジムはニヒルに口角を吊り上げている。
感謝の様な、悲しみの様な、喜びの様な、どうとも言えない。
綯交ぜになった顔に、相手は今日一番の笑みで応えた。
「幸せになってくれよ。俺にもそれが、何より嬉しいからさ」
全霊で祝福する。見えずとも真っ直ぐな眼差しを受け、萱島の方はまるで彼に誓うかの如く、真摯に頷いていた。
暫くすると会話に茶化が混じり、其処からは談笑に回った。
陽だまりで微睡むかの如く心地良い。
温かく満ち足りた空間は、ゆっくりと波の様に流れていった。
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