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episode.9-22
結局所長が戻るまで面会は続いた。
見送りの提案を断り、2人はジムに別れを告げて部屋を後にした。
窓の外は何時の間にかすっかり色濃い。
最低限の照明を潜りながら、萱島は余韻を引き摺りつつぼうっと相手を見た。
「…何か?」
「何も」
黙って首を振り、自ら手を繋ぐ。
傍らの彼は何か言いたげに。それでも此方の胸の内が通じたのか、脚を止めることなく進み続けた。
今日、君が自分を此処に連れてきたのは、きっと徒ならぬ信頼に基づく行為なのだろう。
それは一体何をきっかけに、どのタイミングで勝ち得たのかは知らない。
けれどひとつひとつ些少な出来事の積み重ねで、君とのやりとりはすべて蔦を育てる肥料だった。
(出会う、きっかけをつくったのは)
先の屈託ないジムの表情を思い出す。
彼の言うように、今隣を戸和が歩くのは様々な人が関わって、その上で萱島や戸和の経歴が齎す思考や行動が導いた結果であって。
つまりこの世に生を受け、その後起こったすべてが君と出会う為に必要な因子であったなら。
自分の人生に、何一つ無駄なんて無かった。
萱島は今なら、そんな底抜けに幸せな台詞を吐ける気がした。
「…可愛い人でした」
「ふふ、そうだよ。性格から何からね」
「本当に安心した、俺の所為でアイツの人生まで汚しちまったかと」
夜の静寂が降りた一室。
ジムとその主治医、御坂はじっと窓から遠のく車を眺めていた。
「御坂先生、貴方は世界最高の名医だ。まったく俺は何てお礼を申し上げたら良いか…」
「ただの人だよ。この位しかしてあげられない」
「十分だ…いいえ十分過ぎる」
まるで自らに言い聞かせる様に、ジムは何度も掠れた謝礼を繰り返した。
2人を乗せた車が点になる。
そのまま木の影へと埋もれ、永遠にジムの前から姿を消した。
「…Our Father, who art in heaven(天にましますわれらの父よ)」
閉ざされた光に代わり、鋭敏になった聴覚へ草葉のざわめきが届いた。
「Protect them, by Your grace…until death do them part(どうか彼らをお守りください、死が二人を分かつまで)」
胸に掛けていたロザリオを握る。
そっと唇に寄せ、見える筈のない2人の笑顔を心に焼き付けた。
――明後日、4月初めの暖かい朝。
穏やかな日差しに包まれ、ジェームズ・ミンゲラは静かに20年の生涯を終えた。
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