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第3話

あれ…?ここは? 僕はまだ重い瞼を擦りながら目を開けた。 「う…ん?あれ…」 天井は固そうなコンクリート式のオシャレな造り。 どう考えても、僕の家じゃない。 「…‥‥えっ、ここどこ!?」 飛び起きるとそこはやっぱり見知らぬ部屋だった。黒と白のコントラストが印象的であるモダンな部屋。チェストの上にはダニエル・ロジャースのCDと、CDプレイヤー。 かかっている曲はダニエルの最初のアルバムにも入れられている、『We had a good time』。 昨日のライブでも歌ってたな…‥‥ あれ。昨日はライブ行って、それから…‥‥ 「えっ」 ふと自分の体を見ると、なんと下着姿だった。 ハンガーに掛けられている服を見る。昨日着ていた自分の服と、隣にあるのは…エドの服? 「あ、起きたか」 声がしたほうを振り返ると、濡れた髪をガサガサと乱暴に乾かすエドがいた。シャンプーの良い香りがする。 「エド!これ、どういうことだよ!」 この状況に混乱している僕を鼻の先で笑い、エドはコーヒーを注いでそれを僕にくれた。 一口飲む。甘い。僕がシュガー多めが好きって何でわかったんだろう。 「ジュースとワインを間違えて飲んじゃうおバカな子猫ちゃんがそうとう酔ってたようだから、俺のベッドで寝かせてやった」 「え、僕が酔った…?じゃあなんで僕、パンツだけなの!」 「寝苦しいだろうと思って、全部脱がせた。アクセサリーも外した。安心しろ、お前が思ってるような変なことはしてないよ」 「へ、変なことって……!」 そんな事思ってない…! 僕が顔を赤くしているとスマホのバイブが鳴った。 ヤバい、母さんからだ… 「はは、ママにでもバレたか?」 「……うん…」 「適当に近くのホテルにでも止まったって言っとけよ」 「…‥‥はぁ。白状するよ。…‥‥実は、ゲリラライブに行くって誰にも言わずに家を出たんだ」 僕の言葉を聞いたエドは、コバルトブルーの目を丸くして驚いた。 「へぇ。そりゃすごいな」 「仕方ないよ…母さんに行くってことを言ったって、どうせ反対されるに決まってるんだから」 驚いていたエドはやがて、吹き出すように笑った。彼の白い歯が良く見える。 「っははは!!お前…‥‥!最高に…クールだぜ…‥‥!っく、ははは!」 「な、なんだよ!どこがおかしいんだよ!!」 僕が頬を膨らませてエドを睨むと、エドはもっと笑った。 「あんだけママっ子だったオリバーが…‥!まさかの家出なんてなぁ!!っはは!!」 「家出じゃないよ!ただ黙ってライブに行っただけだ!!」 「家出も同然じゃないか!っはは!…‥‥ふぅ。もう子猫ちゃんなんて言えないな」 笑いの波が落ち着いたエドが深呼吸しながら僕の髪の毛を撫でる。 それがどうも子供扱いされているみたいで嫌だった。 「エドはいつでも僕を下に見ているよね」 「なんで?」 「昔もそうだった」 「下に見てないよ、お前のことが愛くるしいの」 「あ、愛くるしいって…‥‥そういうところだよ…‥」 髪を撫でる手を振り払うと、エドは笑ってコーヒーのおかわりを注いでくれた。 「コーヒー、美味しい…」 「それはよかった。それより時間は大丈夫か?」 僕がスマホを起動させて時間を見ると、もう8時をとっくに過ぎている。 「やばっ。遅刻だ…‥」 今日は月曜日。学校が始まる最低の日。 「休めばいいじゃん、優等生くん。どうせ今まで皆勤賞だろ?」 「だめだよ‥‥母さんが心配する…」 エドは僕の隣に座ってまた僕の頭を撫でた。子猫のような扱いにやっぱり腹が立ったけど、もうどうでもよかった。 二日酔いのせいか頭も痛む。僕はエドのほうへ体重をかけた。ベッドが軋む。男二人が乗っても大丈夫かな。 「大変だな、18歳は」 「エドは昔から平気で授業をサボってたよね」 「おかげで毎回ディテンションだったな」 エドが笑いながら言う。 ヒステリックな先生にいつも怒鳴られてたこと、僕は忘れてないよ。 「ははっ、不良だね」 「でもGEDは楽勝で合格した」 「あぁそうだ。エドは昔から天才肌だったね」 僕が誉めたら、エドが頭をぐしゃぐしゃに撫でた。今のは全部本音だったのに。 お風呂に入ってないから、僕の頭から昨日のタバコと酒と男の汗の匂いがすごい。 「おぉ可哀想な子猫ちゃん。学校という名のゲージから出られないんだな」 「もう子猫ちゃんって呼べないんじゃなかったの?」 臭い匂いを嗅いでほしくなくて、僕はエドの腕を振り払った。バスルーム貸して、と僕が言うとエドは、そのままの匂いのほうがロックだったのに、と言いながらパンツを投げてくれた。貸してくれるらしい。 「で、結局学校には行くのか?」 「今日はもう行かないよ。君といると行くのが馬鹿馬鹿しくなってくるし、それに頭も痛いんだ」 エドは白い歯を見せて笑っていた。 この笑顔だ。 僕はこの笑顔を見たかったんだ。

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