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2-1 料理人マコト
料理をしている間はゆっくりして欲しい。そう言われて部屋で武器の手入れをしたり本を読んだりしていたが、どうにも落ち着かなくて一階へとおりた。
「あぁ、ユーリスさん。マコトさんはとても手際がいいね。あれは相当腕がたつよ」
「ほぉ?」
朗らかにキッチンの状況を教えてくれたマスターに、俺は感心の声を上げる。
俺は料理というものがあまり得意ではない。いや、料理に限らず家事全般が得意ではない。
屋敷にいた時にはメイド達がやってくれていたし、冒険者を始めたらそれこそ適当で済ませてしまっている。
料理は宿や食堂である程度の量を保存容器に入れて貰って持ち歩き、足りなくなったら狩りをして捌いて焼いて食べる。
洗濯も川などで石鹸をつけてある程度洗い、干して乾いたらしまう程度。素材が丈夫だから乱暴に洗っても破れないし、破れたら捨てて新しいものを買う。
食器洗いは気をつけてやっているが、よく皿を割ってしまう。
そんな俺に比べてマコトはとても丁寧で几帳面だ。丁寧に石鹸をつけて皿を洗い、水気を拭いて磨いてからしまっていた。これで料理も出来るとなると、俺にとっては嬉しいかぎりだ。
「ユーリスさん、あの子の登録が終わったら手放すのかい?」
マスターが「それは惜しい」という調子で俺に聞いてくる。この点について、俺はわりと悩んでいる。
本心は惜しい。料理が出来て俺の苦手な家事全般が出来そうな彼は旅に重宝する。体力のなさが少し心配だが、クエストに連れて行くわけじゃない。手前の町なりで宿に残して行くことだってできる。
だが善人の俺は、それを俺が判断すべきでは無いと言っている。
彼のステータスやスキルによっては、高収入の職に就くことも可能だ。やりたい事もあるかもしれないし、今は無くても見つかるかもしれない。俺の強引な誘いで彼の選択を狭めるべきではない。
結局俺は曖昧にマスターに笑いかけた。
「彼が俺の料理番をしてくれると言ってくれれば、俺は拒まないが。だが、彼には彼の思いや未来があるからな」
「ユーリスさんは少しいい人過ぎるね」
ふっと息を吐いて、マスターはそんな事を言った。
そうしていると不意に、いい匂いが漂ってきた。香ばしい匂いに、もう一つは肉の匂いか。思わず腹の虫が鳴りそうな、食欲をそそる匂いだ。
「美味しそうですね」
「あぁ、本当に」
キッチンを覗くと、マコトはとても忙しそうに、そしてテキパキと働いている。小さな体で大きな鍋を移動させたり、揚げ物を作っていたり。
そっとキッチンに入り、周囲を見回す。大量の野菜や肉を買い込んでいたが、それらが料理になっている。鍋の中は煮物らしい。
驚くべきは忙しく料理をしているにも関わらず、キッチンがそれほど荒れていない事だ。使わなくなった器具は既に洗われて水気を切るように籠の中。シンクの中は綺麗で野菜の切りくずなどもない。少し離れた鍋を見ると、野菜の切りくずが鶏肉の皮などと一緒に踊っている。
マコトは揚げた肉をガットに取っている。
「美味しそうだな」
「え?」
背後から手を伸ばし、揚がったばかりのものを摘まんで口の中に放り込む。
俺達は熱さには強いから、火傷なんて無様な事にはならない。咀嚼して、溢れる肉汁と香ばしい醤油の塩みに笑顔になる。
とても美味しい。生臭みもしっかり処理され、柔らかい。揚げた肉は硬くなるのに。
「美味しい」
素直に感想を言うと、マコトはとても嬉しそうな顔で笑った。
なんとも無防備な笑顔だ。幼さすらも感じる彼の素直な反応は、正直に困る。
それでなくとも彼の匂いは好ましい。そのうえ愛らしい姿と素直な反応、礼儀正しく律儀で遠慮深く、更に料理が美味い。俺の求める要素を十二分に持っている彼はあまりに魅力的だ。
料理番ではなく、嫁に欲しいくらいなのだが…。
ふと浮かんだ欲望に、俺は静かに蓋をする。
彼は異世界からこちらに渡ってきたばかりで、しかも男と関係を持った事もなく、同性婚や妊娠に戸惑いや恐怖を抱いている。そんな相手を騙すような方法で嫁に貰い、抱くような事はしてはいけない。
何より俺には、子が必要だ。もしも彼をもらい受け、子が出来ねば彼が辛い思いをする。
周囲は彼を蔑むだろうか。子を成さない嫁など無能と言って、俺に他の者を宛がうだろう。そうなれば、相手は不幸だ。
屈託無く笑みを向ける無防備なマコトは、俺のこんな思いを知るよしもない。いい人で居続ける事が、おそらく一番なのだろう。
そして俺もまた、自分の考えに蓋をして封じ込めておくのは得意なほうだった。
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