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8-2 悲劇の前夜
「ユーリスさん、聞いてください。実は俺、一つだけスキルがあったんです」
「え?」
最初、何を言い出したのか理解が追いつかなかった。
スキルは無かった、そう言っていた。だが直ぐにそれはマコトの様子の違いから思い至った。だからずっと、元気がなかったのだ。だからずっと思い悩んでいたのか。
きっと、どう扱ったらいいか分からない複雑なスキルなのだろう。マコトは異世界人だ、特に戸惑う事だって多いだろう。
だが俺は大きな思い違いをしていた。マコトが俺に真実を言えなかった理由は、もっと違う、大きな所にあったのだ。
「俺の持っているスキルは、『安産 Lv.100』です」
静かに響いたその言葉に、俺は息をするのを忘れた。緊張に息を呑む。それは、俺が長年待ち望んだスキルだった。
「安産」というスキルがあることは当然知っていた。過去、そうしたスキルを持っている者も僅かにいた。だがそれでも、竜人族の子を産めた者は少ない。レベル50以上なければ難しい。
そこにきて、マコトは100だ。薬を飲んで性交渉すれば、間違いなく俺の子を孕む。
俺の中で、暗い欲望が満ちるのが分かった。愛している人に子を産んでもらう。その間の時間も全て、俺が側にいる。
いや、その間だけじゃない。その後もずっと、ずっと俺だけのものにしてしまいたい。
ドクンドクンと脈を打つ心臓が、煩いほどだった。その動きが振動になって、体を震わせているんじゃないかと疑った。喉が渇く。俺は己の欲深さに飲まれそうだった。
「俺、ユーリスさんの子供を多分産めます」
「マコト…」
「経験はないけど、スキル高いから。だから…」
必死に言いつのる、不安な瞳が揺れている。大きく体が震えている。それでようやく、俺は自分の欲望を突っぱねた。
怖いんだ、マコトは。当然だ、男性同士の恋愛も、妊娠出産も想像の及ばない世界で生きてきたんだ。
マコトの中でこのスキルは、とても怖かったに違いない。だからこそ言えなかったんじゃないか。受け入れられないからこそ誰にも言えなかったんだ。
そして同時に、俺が最もこのスキルを望んでいる事も知っていたんだろう。子が出来ないと最初に話し、その窮状を伝えていた。俺に向けられるなんとも言えない辛そうな瞳の理由はこれだったんだ。
マコトが欲しい。だがそれは、今じゃない。勇気を振り絞るような必死な表情などしてほしくない。頼むから、もう何も言わないでくれ。
「だから、薬つかって俺を抱いてもらえませんか?」
誘い込まれるその言葉に、俺の体は熱く欲望を駆り立て、俺の心は違うと必死に戒めた。
簡単だ、マコトのスキルレベルなら間違いなく俺の子を宿してくれる。だがそんな事をしたら、俺は一生マコトを失ってしまう。一番大切な者の心を得られなくなる。
伝わったんだ、その様子と表情から。マコトは俺に恩を感じている。知り合ってからずっとそうだった。ことあるごとに感謝と謝罪をしていたじゃないか。受けた恩に報いたいと料理を作り、身の回りの事をしてくれていた。
マコトは、俺の怪我を自分のせいだと思っている。それに報いる方法に、子を産むことを了承している。
でも違う、そうじゃない。俺はやっと欲しい者が見つかったんだ。義務ではない相手を求めているんだ。生きてきて唯一、こんなにも執着する相手を見つけたんだ。
マコトを愛している。君の心が欲しい。大切な時間をゆっくりと積み上げよう。肉欲はその後でいい。そして子は、その間に産まれなければいけないんだ。
俺はようやく、そんな基本的な事を思いだした。王子の責務ではない、愛情の証でなければいけない命の大切さを、知ったおもいだ。
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