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8-3 悲劇の前夜
だがそんな俺の目の前で、マコトは震えながら立ち上がり、あろう事か衣服を脱ぎ捨てていく。
「マコト!」
震えながらそんな事をする必要はない。俺は今、君を抱くことはできない。これ以上、俺の欲望をかき乱すような事はしないでくれ!
思いは遠く、マコトは白魚のような体を俺の前に晒し、そっと近づいてくる。呆然とする俺を誘うようにベッドに膝を乗せて乗り上げる、その体が薄く染まっている。
欲情の香りが鼻につく。冷静でいたい、大切にしたい、そんな俺の気持ちをあざ笑うように熱を持つ体が、目の前の彼を食らえと言っている。
「抱いてください。俺、ユーリスさんの子供産みますから」
必死に笑った、笑う事に失敗した痛々しさが、俺の胸を深く抉る。
俺は大切な人に、なんてことを言わせている。決死の覚悟で言われる言葉じゃない。もっと、幸福の中で紡いで欲しい言葉だ。
肩から掛けていたガウンを取って、俺はマコトの体にかけ、体を離させた。まずこの視界をどうにかしなければ。これ以上熱を上げれば抑えられる自信がない。次は、何か言わなければ。
「気持ちは有り難い。でもマコト、もっと自分を大事にしてくれ。俺は…」
「俺の貧相な体じゃ、ダメですよね…」
「え?」
近くに見るマコトの瞳に、たっぷりと涙が浮かぶ。それが滑らかな頬を伝い落ちていく。深く悲しみに歪む表情に、俺は何かを間違ったのだとは思った。
「ごめんなさい…」
消え入るような声の後、マコトは脱ぎ捨てた服を拾って拒絶するように逃げていく。俺はその背を追おうとして、立ち上がって目眩がした。血が足りていない事を思いだして、苦くて床を叩く。
俺はマコトを傷つけた。あの行為は拒絶と取られたに違いない。余裕がなくて、それでもどうにか今を伝えたくて取った行動が、深くマコトを傷つけたんだ。
動けない情けない体を叱責する。でも、ここで追っていればよかった。体に無理をさせてでも追って、その腕を掴み腕に抱く事ができていれば、俺はこの後の悲劇を回避できたのだ…。
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