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9-1 絶望の咆吼
マコトの姿が消えたと知らされたのは、翌日の夕刻、もう空が薄い闇に包まれる様な時間だった。
「申し訳ありません! 散歩をしたいと言われ、それで…」
メイドがそう言って震えながら謝罪をしているのも、俺には聞こえていない。息苦しいほどに鼓動が強く鳴り響く。呆然としたまま、動けない。
この屋敷は俺が王太子となってから長い時間を過ごしている。この屋敷の者が彼に危害を加えるなんてことはあり得ない。
ならば、マコトは自らの足で出て行ったんだ。俺が傷つけたから、彼は…。
「部屋に、これらが置いてありました」
側近のジェノワが、マコトの部屋にあったという荷物を持ってきた。買ったマジックバッグの中には、ほとんどの服とダガー、料理、お金…彼に渡した全てが入っている。
そして、俺が渡した笛もそこにはあった。
思わず胸を握った。苦しくて上手く話せない、震えていて体を立てていられない。
「今、この屋敷の周辺を探しています。町の方にも人をやって聞き込んでいますので」
「俺は、森を探す…」
「え?」
ジェノワが驚いた様にしている。だが俺は、フラフラと歩き出した。
この屋敷は森にも通じている。マコトが来た峠の道に通じる森だ。
この周辺は結界を張っているから外部からの侵入は難しいが、出るのは容易い。出てしまったら、モンスターが襲うかもしれない。そうなればマコトは…。
血の気が引く。俺は駆け出してそのまま森の中へと入った。
周囲は既に暗い。夜行性のモンスターの方が厄介なのが多い。周囲を探り、辺りを見回し、痕跡がないか、匂いなどでもいいからないか、ひたすらに追った。
その中でふと、微かな残滓を感じて俺は歩いた。
そうして見えてきたのは川だった。それを、国境へ向かって走っていく。マコトの匂いが確かにしている。見つけられるかもしれない。
思い、走り出して月は天上へと昇り、闇は深く周囲を覆い隠していく。息が切れ、体の感覚がどこか遠くへと去っていた。それでも俺は匂いの元へとたどり着けた。
そこは、俺が倒れていた場所だった。
当然、そこにマコトの姿はない。俺の流した血の跡と、マコトの微かな匂いだけがしている。
「あ…」
熱いものが頬を伝う。フラフラとそこに歩み寄り、膝をついた。
ここにいたのは分かっている。この道を戻れば、思い出は沢山ある。笑い合った日々や、妙にはしゃいだ笑顔、美味しいご飯に、幸せな笑みに。
喉の奥に、妙な塊がある。それが更に息苦しさを招く。否、今だって息ができない。
今どこで、何をしている。悪い奴が見つけて、辛い思いをしているんじゃないか。国の領域を出て、モンスターにでも遭遇したんじゃないか。今も俺のしてしまった仕打ちに、泣いているんじゃないか。
「っ! ――――――――――!」
森を揺るがすドラゴンの咆吼が、夜に消えていく。叫びながら、残滓だけを抱いている。
無事ならどうか応えてもらいたい。どうか、俺に謝罪の機会だけでも与えてくれ。傷つけた事が許されないなら、それでもいい。君の悲しみと苦しみを、俺は生きている限りこの心に刻むから。もう交わらないのだとしても、耐えるから。
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