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12-1 心構え
翌朝、俺はいつもと違う気配で目が覚めた。
腕の中にまだ温もりは残っているのに、様子が違う。見ればベッドに座り込んだマコトが、青い顔をして口元を抑えている。
「うっ…」
「マコト?」
寝ぼけた頭でも、具合が悪い事は分かった。起き上がる俺よりも前に、マコトはもう一度呻いてベッドから急いで抜け出し、そのままバスルームへと駆け込んで行く。
俺は何が起こっているのか分からないまま追いかけていった。
マコトはバスルームの中で苦しそうに嘔吐していた。慌てて駆け寄りその背を摩るが、それでも苦しいのがおさまらない様子で、ひたすらに小さく呻いている。
吐ききってしまったのだろうに、それでもこみ上げるものがあるのか目に涙を溜めていた。
「婆! 婆はいるか!」
ただ事じゃない。マコトの体は今身重だ、何か悪い事が起こっているのかもしれない。
ガウンを羽織らせ、俺も手早く着てそのまま駆け出す。幸い婆は直ぐ近くの部屋だ。ノックもなしに扉を開ければ、婆は優雅に寛いでいる。そんな場合ではないというのに。
「どうしましたか、ユーリス様」
「いいからきてくれ!」
婆の体を脇に抱え、俺は部屋に走った。こうしている間にもマコトの具合が悪くなっていたら。思って部屋に入りバスルームへと駆け込むと、マコトは荒く息を吐きながら倒れていた。
「マコト!!」
抱き上げた体が熱い。頬も上気して、怠そうに力が入らない。未だ気持ちが悪いのか「うっ」と呻いて咳き込んで、でももう何も出ないのだろう。こみ上げる感覚だけは俺にも伝わった。
抱き上げてベッドへ。涙目のマコトを寝かせ付けて、俺は怖くてたまらなかった。
こんなに苦しんで、辛そうにしている。これがもし俺の子を宿した事に起因しているなら、望まなければよかった。どうしたらいい、このままマコトの命に関わったりしたら。
俺はこの時、もしもマコトを失うか、宿った子を失うかと問われれば、間違いなくマコトを生かした。申し訳無いと身を裂くような痛みは消えないが、マコトが死ねば俺は生きられない。
だが、マコトの体を診察し、子が宿っている事に歓喜した婆の次の言葉に、俺もマコトもキョトンとした。
「悪阻ですな。サッパリとするレモン水をお持ちしましょう。食べられそうなものはありますかな?」
「今は…」
「果物をお持ちしましょう。後、この部屋に匂いが入らぬように結界をかけましょう」
「匂い……」
マコトは何かを思い出している。確か今朝、パンの匂いがしていた。マコトは焼きたてのパンが好きだと言ったら、屋敷のコックが嬉しそうに作っていた。もしかしたら、その匂いなのか。
「これ…どれくらい続くの?」
マコトは不安そうに聞いている。線は細いし食べる量も俺達に比べれば少ないが、人族としては立派に食べているというマコトがこうも弱るのは、俺も不安だ。食べる事も、作る事も好きな子なんだ。
だがこれにも、婆は実にあっけらかんと答えてくれた。
「1日もあれば治りますよ。明日にはけろっとしておいでのはずです」
「そんなに短いの?」
いや、そんなはずは無い。竜人族の妊娠期間は平均7ヶ月。悪阻があるという者の話では平均1ヶ月程度は何かしらの症状があるという。突然の吐き気、食欲の減退、微熱、怠さ。そうしたものが長くて1ヶ月半は続くそうだ。
それが、1日で直るはずはない。
「婆、竜人の妊娠期間は7ヶ月。悪阻も1ヶ月は続くと聞くが」
「マコト様は安産スキルレベル100。しかも、付属スキルに成長促進がありますな」
「はい…」
「その影響でしょうね。腹の子は見る間に育っておりますよ。昨夜お手がついたと伺いましたが、既に1ヶ月以上は育った様子です。この分なら、7日ほどでお生まれになるでしょう」
「「………は?」」
俺は言われた言葉の意味が理解できずにマジマジとマコトを見た。マコトも俺を見て、慌てた顔をしている。
7日は、流石に早すぎだ。
「嘘…でしょ?」
「おや、嘘などつきませんよ。これでも婆は国一番の医療スキルの使い手です。今まで見誤った事などありませんぞ」
「いや、流石に…」
確かに婆は黒龍の国の中で一番の医療魔法の使い手だ。今までにもあちこちでお産の手助けをしてきた熟練だ。それが間違えるはずがない。
子は大切な国の宝、そう多くない出産となれば平民も貴族も王族もなく出ていって、その子を取り上げてきた人だ。そんな婆が、見誤る事はない。
いや、だが流石に…早すぎる。
嬉しくないなんて言わない。早く子に会える事は嬉しいが、父親になるのだという自分の気持ちがついていくのか分からない。愛しいという気持ちはあっても、その子をどうやって愛して行けばいいかが分からないんじゃ困るんだ。
マコトも俺を見つめている。不安が押し寄せる瞳を見て、俺は自分を叱責する。
俺が不安に思ってどうする。産む側のマコトはもっと不安で怖いんだ。ゆっくりと準備が出来ると思っていたのに、追い込むように体が変化していく。そんな彼を支えていけなければ、俺は父親の前に夫失格だ。
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