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12-3 心構え

 翌日、マコトは本当に元気になった。昨日のアレは一体なんだったのかと思えるほどだった。食事も食べて…食べ過ぎな気がして俺は止めた。婆もそのように言っていた。  俺は執務があり、マコトとは離れて1日を過ごさなければいけない。騒がせた分だけきっちりと仕事をしなければ。  だがその傍らにはずっと、渡された本がある。  「正しい夫の務め」という、特に妊婦を持つ夫の心得を語ったもので、婆が俺に渡してきた。実に有り難いのだが、同時に下世話でもあり、恥ずかしくもあった。  中をめくってみれば、様々な事が書いてある。  精神的に不安定にもなるから、小さな事で不安を感じて感情が大きく流れる事。そういう感情はお腹の子供にも伝わってしまうこと。あまりにそうした緊張が長く続くと、早産の原因にもなってしまうこと。  読めば読むほどに、不安が募る。そういうことなら俺は今仕事をしている場合じゃないんじゃないのか? 四六時中マコトの側にいて、彼の様子を見ていたほうがいいんじゃないのか?  「過干渉になるのも厳禁。気にしすぎて気が休まらず、逆に苛立たせてしまいます」という一文を読んで、俺はガックリと肩を落とした。  「不安そうにする合図を見落とさず、そういう時は寄り添って抱きしめて、そっと何があったのかを聞いてみましょう」とある。なるほど、これはできるだろう。  そんな事を思っていると、側近のジェノワが手紙を持って俺の所にきた。それは、俺の両親からだった。 『婆から、お前に子が出来たと聞いた。何でも、とても素直ないい子だと聞く。是非会いたいのだが、明日しか都合を付けられない。可能だろうか』  実に簡潔な、父らしい文面に俺は笑う。久しぶりだ、父から仕事以外の手紙など貰うのは。  俺は直ぐに返事を送った。父の文面から、両親ともにマコトを受け入れているのだと分かったから安心した。元々、穏やかで温かな両親だから。  だが、直ぐに俺は軽率だったと思い知った。両親が会いに来ることを告げたマコトの顔は見る間に蒼白となり、立ち上がって震え始めた。 「マコト!」  今にも倒れてしまいそうな体を抱きしめ、背を撫でる。マコトはその中でずっと震えている。  不安。そうだ、マコトは俺の両親を知らない。 「何があっても守る。それに、俺の父と母はきっとマコトを気に入ってくれる」 「でも、俺何にも持ってない…」  その言葉が、俺には刺さる。  そんな事を気にしていたのか。何も持っていない? こんなにも沢山の幸せと喜びを俺にくれるのに、君はまだ自分が何も持たないと思っているのか?  分かっている、マコトは俺の立場を思ってくれる。王子なんて肩書きを気にしている。  もしかして、だからなのか? 身分の違いや、種族の違いを思って苦しくなっているのか? 拒絶されると思っているのか? 「いいんだ。俺が選んだんだ。それにもし反対するなら、俺はこの国を出るから」 「…え?」 「俺はA級の冒険者だ。マコトと子供くらい、十分に養っていける」 「でも…」 「いいんだ。だから、安心していい。俺が離れる事はないと誓う」  これが俺の答えだ。王子なんてもの、捨てたっていい。それを気にして子を求めたのに、今の俺にはそんなものはどうでもいいんだ。責務だって放り投げていい。マコトが安らかであるなら、それが一番だ。  それにもし、両親がマコトを拒絶したらその時には間違いなくそうするつもりだ。  今はマコトを受け入れなくても、二人には俺しか子はいない。いずれ溜飲を下げざるを得ないのは両親のほうだ。  俺を見つめるマコトは、確かに俺の腕の中にいる。だがその瞳の奥はもっと深くて、彼が何を思っているのか掴めなくて、俺の中の不安は消えていかなかった。

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