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注文先であるホテルの《777》号室に一歩足を踏み入れた途端、これは自分が思う以上に厄介なことになりそうだ__と思わず眉を潜めそうになった月野だったが、今は仕事中であり《小さな花屋の店長》でしかない立場のため何とかぐっと堪えると遠慮がちに怒りをあらわにして明らかに不機嫌な表情を浮かべている男の元へ謝罪しに行く。
「こちらの店員の不手際で、造花と本物の薔薇を間違えてしまうとは……誠に、申し訳ございませんでした。この花束を作り直しましたので、どうかお受け取りください」
「そんな対応で、許されると思っているのか……っ……まったく、これだから今時の若い奴は____」
と、月野が◯▲会社の社長へと謝りつつ横にあるフカフカのシーツが敷かれたベッドの方へとチラッと目線を向けた時だ。
社長の怒鳴り声で何も身につけず、生まれたての姿でベッドに潜って眠っていた人物が目を覚ましてしまったのだ。
「うぅ、ん…………社長さん、どうしたの__って……ああ、そっか……このぶっきらぼうな、おにーさんが《サンフラワー・ルゥ》って花屋さんの店長さんなんだぁ……へえ、なかなか格好いいじゃん!!」
その声を聞き、尚且つ___美しく整った顔を見て普段はテレビや雑誌で騒がれているアイドルなど碌に興味のない月野でさえも驚愕して目を丸くしてしまった。
つい先ほど、堂々と街中に聳え立つオフィスビルの電光掲示板で見た男性アイドルとやらの《乙哉》が目の前にいて、尚且つ___裸となっているのだから。
「お……乙哉……っ___君は、わたしというものがありながら、こいつに乗り換えるのか!?」
「だってさ、社長さん……お金は持ってるし、とっても立派だとは思うけど、エッチは下手だし……それに、エッチするなら――若いおにーさんの方がいいに決まってるじゃん。でも、社長さんが嫌いになった訳じゃないよ?」
一度は驚愕の表情を浮かべたものの、すぐに能面みたいな表情となった月野の存在など無視するかの如く《乙哉》と《社長》はやり取りを始める。アイドルの事情はよく分からないものの金持ち相手の扱いには相当慣れているな、と月野が思った所で不意に《乙哉》が何かを訴えかけるように此方を見つめてくるのに気付いた。
その真剣な瞳は、明らかに月野に対して何かを訴えかけてくる。『土下座して!!』と、アイドルの武器として充分に発揮出来そうなくらいに大きな目力と、言葉そのものは発しないものの口を必死で動かすことによって訴えかけてくる《乙哉》に対して内心はウンザリした。
だが、確かに未だに怒りをあらわにしている社長を納得させるには口だけの謝罪ではなく、土下座をするくらいに真摯な姿勢でなければいけないな――と思い直した月野は両膝をつき、尚且つ身を屈めて地面の赤くゴワゴワしたカーペットに額を擦り付けてから、己の有り余るプライドを捨てて「申し訳ありません」と再び社長へと謝罪するのだった。
仮面のように表情を変えない月野を煩わしく思ったのか、はたまた――生意気な今時の若者だと思っている月野を土下座させたことに優越感を抱いたのかは分からないが、先ほどよりは怒りをコントロールしたらしくブツブツと文句を言いながらもホテルから退室した。
しかし、《乙哉》というアイドルはその事が気に入らない。何故なら、この騒ぎで社長が自分に対しての枕営業費(売春費)を渡すのを忘れてしまったからだ。
「ち、ちょっと……社長__帰っちゃったじゃん!!花屋のおにーさんが来たせいだよ……っ__あー、もう……これからどうしても買わなきゃならない物があったのに……。こんなことなら、マネージャーの只野さんにお金を預けとくんじゃなかった……ねえ、おにーさんさ……今、お金持ってる!?」
「あの社長が……君に金を渡さなかったのは、私のせいじゃないぞ。それと、体を使って手に入れた金で何を買うというんだ。まあ、いい……私は仕事中だ。これ以上、こんな下らないことに付き合っていられない。そもそも、依頼主はこの部屋には、もういないのだから……失礼する」
じとーっと蛇のような目付きで、乙哉が月野を睨み付けてくる。しかし、そんな乙哉の視線などお構い無しだといわんばかりに負けず劣らず感情の込もっていない目を向けた月野は、まるでアンドロイドのように笑みを浮かべず淡々とした口調で乙哉へと言い放った。
そして、さっさと仕事に戻らなければいけないと思い直した月野が部屋から出て行こうと扉へ向かって歩き始めた時のこと____。
ぐいっ、と勢いよく腕を引かれた月野はベッドの上に押し倒されてしまうのだった。
ある企みを持ち、可愛いらしくニコッと微笑む___【乙哉】というアイドルによって。
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