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第32話 優しい悪魔
「あっ、その…甘凱くんも、ありがとう」
大人な対応と思ったが、口を開けばいつもの通りにアワアワと喋っていた。
実際に、ことばを紡ぐのは苦手だ。
なんとか礼を述べて「じゃぁ、これで…」と甘凱に言いながらヘコヘコと頭を下げたままその場を去ろうとした。
「ぐえっ?!!」
突然後ろから学ランの首根っこ辺りを引っ張られて、首が絞まった。
息苦しさに蛙の潰れた様な声を発した優太は、解放されるとゲホゲホと盛大に噎せた。
「…うっ、ハァッハアッ。な、に、する…っ?!」
そんな優太の後頭部に冷たい物が押し付けられた。
「…っ?!」
何だろうと思いながら少し振り返る。
「お前、頭打ってたろ?冷やしとけ」
「えっ?!」
甘凱は相変わらずの上から目線な様子でそう言いながら、手にしている凍らせた保冷剤を見せた。
さっき抱っこで運ばれている最中に、抵抗してぶつけた後頭部を心配してくれたらしい。
確かに打ち付けて今もなんだか痛いが、足への消毒液の痛みのほうが勝り、すっかり真鍋に伝えるのを忘れてしまっていた。
「ほらよ」
そう言うと甘凱は大きく綺麗な手で優太の額を支えると、後頭部に冷たい保冷剤を押しつけてきた。
冷やされて痛みが引いていくかの様だ。
気持ちいい…。
なんて優しいんだ甘凱は。
「………」
しかし、何だかこの体勢はおかしい。
しかも甘凱にされているのは落ち着かない。
「あの、その、自分でやるからっ」
そう言ってみるものの「遠慮すんな」と甘凱から返ってくる。
すると次第に、優太は身震いを始めた。
「ちょ、あの、甘凱くんっ!」
「なんだ」
「もう冷たいよ、放して…っ」
直接後頭部へと押しつけられた保冷剤は、思ったよりも冷たい。
気持ち良かった冷たさも、今は暴力としかいえない冷えを優太に与え始めた。
なんとか外して貰おうとする優太だったが、甘凱は手を緩めない。
それどころか、グリグリと保冷剤を押しつける。
遠慮なく冷気が襲い来る。
ついでに力加減をしてほしい。
「冷たっ、痛いっ、やめろーっ!!放せってば!!」
ついに我慢できなくて抵抗を始めた優太に、甘凱がクククッと明らかに笑った。
「あ~なんか面白いかも ♪ 」
え、何て?
何て言った?
「おまえ、面白いな」
「…」
優太は冷たさと痛さで涙の出た目で、ポカンと甘凱の顔を見た。
甘凱は、それはとても楽しそうにニンマリと笑っていた。
甘凱は…優しくない。
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