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(memo-2)
「ふふ」
ウィーン…ガガガ
黒い円盤が這い回る。時折ラックにぶち当たり、キュンキュン悲鳴を上げる。
邪魔だ、と戸和は思ったが言わないでおいた。
「可愛いな」
萱島が頬杖を突いて見守る。
口元が緩みきっている。
その内足元を通る度、話し掛け始めるのだろう。
まるで家で誰にも相手にされず、ペットを構う父親を彷彿とさせた。
「あ、また止まった」
時折、円盤は妙なタイミングで固まった。
萱島はそれすらも嬉しそうにじっと眺めていた。
その場でくるくると不思議な動きをした。
何を感知しているのか。
職員等は行き来する間、仕方なく道を塞ぐ円盤を跨いだ。
邪魔くせえ。
罵倒が通じたのか。
ルンバは向きを変えて走り出した。
「戸和、おい、こっち来た」
「……」
隣で一切合切関わらず、仕事をしていた戸和が腕を掴まれた。
「なあ、可愛いだろ。こっち来たぞ」
「……」
「チョコレート食べるかな」
「……」
「戸和って、見ろよ馬鹿、なあ見ろって」
腕を揺さぶられようが戸和は視線を外さない。
他の職員なら、確実にここら辺でぶん殴っていたが。
その程度で本人が大人しくしならないのを知っていた。
暫く責任者は満面の笑みで呼び続けた。
ピッ。
突如ぴたりとブツの動きが止まった。
点灯していたランプが消え、円盤は沈黙した。
「え」
萱島の表情が一気に曇る。
「ルンバ死んだ…!」
血相を変えて肩を掴まれる。
流石にキーボードが打ち辛くなった。
因みに横目で牧がリモコンを使った事は知っていた。
青年の眉間に皺が寄る。
無論彼にだって、不快指数くらい存在した。
「――牧、電源入れてやれ」
面倒になってインカムで諭す。
直ぐ様文句が飛んできた。
『ええー、もー…超鬱陶しいんですけど』
「俺も鬱陶しい」
『なら叱れよ保護者だろー、俺もうやーなんだよ…あのウィンウィンうるっせーの、本当人が音声加工してる時に…あ』
牧が声を上げた。
萱島はもう戸和から離れ、息絶えたルンバの電源を必死に探していた。
『良いこと思いついたわ』
「あ?」
『ちょっと待って』
遠方で班長がリモコンを構えるのが見えた。
円盤が再びキュンキュン音を立てる。
打ちひしがれていた萱島の目が輝いた。
「…よ、良かったお前…あ」
ギュイーーン。
嘗て無い速度で踵を返し、掃除機は瞬く間に眼前から消えた。
「え、ちょっと、どう」
「萱島主任…大変だ!アイツ自動ドアから退社した!」
「…何でだよ!!」
態とらしい牧の報告に弾かれる。
床を蹴り、責任者は一目散に出口の方角へと走っていった。
後にはとっ散らかった書類のみ残されたが。
残念ながら誰一人追う者は居なかった。
(主任は1時間後くらいに戻ってきました)
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