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社長とおかいもの

(※社長から見た沙南ちゃんの巻) エルメスを下げた女性、和装を着こなした婦人、姿也は違えど一様に振り向く。 ちょっとお高いスーパーの一角、ハーフと思しき男性が去ってゆく。 高い身長、センスの良いスーツ、細工みたく調和の取れた顔に浮かぶビー玉の虹彩。 面白いように視線が集う。 彼女らの熱い眼差しの隙間、今度はふわふわの天使が彼を追ってった。 「ねえ社長」 勝手に腕に纏わり付く。脚元も舌も縺れそうだ。 「甘いのは」 神崎が視線だけ寄越した。 カゴの中には怪獣の為の食材が犇めいていた。 「…甘いのも買おうよ」 「お給料あげてるんだから自分で買いなさい」 「一個だけにするから」 ぎゅうぎゅう袖を引っ張る子供は御年24になった。 何処ぞの医者曰く、心が体験出来なかった幼少期を必死に回収しているそうだ。 そんな事自分もしなかったが。 「あっちにね、ケーキが生クリームとチョコのとあったよ」 「社長は甘いの嫌いだから」 「じゃあ本郷さんと食べる」 今度こそ神崎の脚が止まった。 何でお前と義世が食べるものを俺が買わなくちゃいけない。 じいっと伺うやたらでかい目。 言葉の通じないマーモセットやら、スローロリス等と同じ気配を感じた。 ぺしっ。 「…い、」 額を軽く叩いた。傍から見てもタダのじゃれ合いだっただろう。 「痛い」 それで決壊して、急に泣き出すのだから神崎は遂に呆れ返った。 何だコイツ。露骨にそんな表情でUMAを見下ろす。 「お前…動物園に入ってきたら」 「ぶったぁ」 「そりゃ打ちましたけど」 当人はどうでも良いがギャラリーの目は気になってきた。 致し方なく手をやり、所々アホみたいに跳ねた頭を撫でた。 会った当初はもう少しお利口に思えたが。 月日を重ねるごとに、オツムが弱くなってくる。 案の定、途端に猫みたいに目をくっつけ気持ち良さそうする。簡単な子供に構っていると、相手の興味は突然するすると違う物に引っ張られていった。 販売員がカニの乗ったワゴンを押して通り過ぎた。 ゴロゴロ通過するワゴンに合わせ、丸い目が向きを変えた。 「こら」 追っていこうとする腕を事前に捕まえる。 「動いてる物を追い掛けるの止めなさい」 「カニだ」 不服だったのか。カニが生きていた為か。神崎の手を振り払おうと躍起になる。 半ば面倒になって拘束を解くと、自由になった萱島はてくてくワゴンを追い掛けて行った。 「もう放っとくかアイツ…」 物色しつつ垣間見ていると、奴は陳列されたカニを覗き込んでいた。 磯で遊ぶ小学生を思わせる。カニぐらい見た例はあったにも関わらず。 (あ…) 傍観していたら1分と待たず、怪しいスーツのおじさんが近付いて来た。 無抵抗を良い事に小さな肩を抱き、愉しそうに耳打ちしている。 (変質者ホイホイ) 悲しいかな浮世に特異な人が多い。あんなちんちくりんを捕まえて何をしようと言うのか。確かに捕獲は楽だけれども。 「沙南」 遠くから名前を呼ぶと機敏に振り返った。 遅れて隣の男が2人を交互に見やる。何だか顔色が悪くなり、気まずそうに怖ず怖ず手を引っ込める。 手招きに応じて萱島が戻ってきた。 欠片も考えてない間抜け面が近づき、おまけにのうのうと吐いた。 「社長、あのおじさん買ってくれるって」 「…お前はあんなシビアな世界に生きといて、何でもう少し人を疑わないかね」 「社長は買ってくれないのに」 図らずもまた額を弾いてしまった。 つい手が出た。いけない。 「この野郎また黒川さんとこに送り返すぞ」 「嫌だ…あんな夢も将来性もないところ」 「其処だけ現実的に言い返すなよ」 またぐずり始めた手を引き、神崎はさっさとレジへ直行した。 本郷と買い物に来ていたら、それこそ会計が悲惨になっていたかもしれない。 否、そんな事は無かった。 これはアレに甘えない。神崎がこんなだから、余計に我儘に振る舞うのだ。 (わあ面倒臭い) 勝手にレジ横のお菓子を掴む手を叩く。 このUMAが来てから面倒が増えた。そもそも面倒という概念を、久々に思い出した。 「社長、社長」 「ん?」 「何だったら好きなの」 隣を楽しそうについて来る生き物が問うた。 「さあ。駅前の珈琲は割と好きだよ」 何が嬉しいのか、きゅっと上がった頬が色づく。 「じゃあ今度買ってあげるね」 そして生意気な台詞を寄越す。 四半世紀を過ぎた人生で最も怪奇だった。 神崎は間近の柔らかい髪を、ぐしゃぐしゃ掻き混ぜる様に撫ぜた。

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