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戸和くんとおうち

最新鋭の大学を選んだのが功を奏した。届け出から試験から何から何がPC一台で足りた。 なんせ半年ぶりに勝ち取った有給だ。利口に使いたい。 増して奇跡的に休みが被って、先から寒いのか後ろにくっついているのが居る。 「…ねーねー」 小一時間大人しく作業を見送っていた。 萱島が遂に痺れを切らしたのか、背後から体重を乗っけて声を出した。 「今日ねえ、今年で一番寒いんだって」 此処で率直に構えと言わない所が面白い。 また意地の悪い部分が出て、戸和は取り合わず画面を向いた。 「雪が積もるんだって」 「……」 「…雪がね、10センチくらい積もるんだって」 別に情報リテラシーの高い彼の事だ、言われずとも知っている。 外出の予定は無い。そして降雪程度、近年は珍しくもない。 「…寒いよう」 「……」 「あったかいの食べたい、うどん」 集中した素振りで放ったらかす。 引っ付く生き物が、青年のシャツを彼方此方へ引っ張る。 「とろろを入れたら美味しいんだよ」 「……」 「んんー…」 シャツに額をぶつけてぐずった。のち、流石に心が折れたのか急に大人しくなった。 住宅街ゆえ見事に静まり返る。 さて。気配で動向を伺っていると、さっと体温が背中から剥がれた。 それから何か足音も立てず、とぼとぼと居間を遠ざかって行く。 「沙南」 つい呼び付けたが、聞いているのかいないのか。反応のない姿を追い掛け、出て行く間際に肩を捕まえた。 「何処行くの」 ぶすっと床を向いて答えないから、ぐしゃぐしゃ柔らかい髪を掻き混ぜた。ほんの少し目の色が戻る。 間を空け、素気無く「買い物」と紡いだ唇を触った。 「一人で行ったら駄目」 「…何で」 愉快に放っておいたら完全にすねてしまった。 これでは件の雇用主をどうこう言えない。つい、可愛さに間違った方向に弄ってしまうが、史上の愛で接していた。これでも。 「和泉は忙しいから」 本人は相手を責めず、自分へ戒めの様にぼやくのだから。 聞き分けが良いのか悪いのかさっぱり分からない。 戸和は小さな唇を黙って摘んだ。 親指で押して、柔らかいのを腹で撫でる。そうすると嫌がるのを知っていて、身を捩った肩を壁に押しやった。 何時だって好き勝手出来る。 力関係は決まっている。 「やめ、やめてよ…」 「うどんが食べたいって?」 「…食べたいけど」 「朝までさんざんシチューが良いって駄々こねてたのに?」 「だって…もう3時間も経ったよ」 「また我儘言って」 「…痛い」 ほっぺたを薄く抓ったら、それだけで身を固くして語尾がすっ飛んでいった。 抓った箇所をぐりぐり指の背で撫でる。本気で叱るのは戸和くらいのものだから、すっかり怖がっている。 「も、言わない、ごめんなさい」 「今日は素直だな」 「…う、うん」 床に落ちていた視線が恐る恐る上がった。 飴玉みたいな両目が、じっと青年を伺う。これは許しを待っている。 特段、其処まで悪事を働いた訳でもない。是非の判定すら戸和に依存し、ひとりで出来ない。 小さな存在に目を眇め、戸和は身を屈めて甘い唇を舐めた。 「、ん」 急な感触に縮こまる。 額を合わせ、至近距離で見詰める相手の目に返して。感触からされた行為を認め、萱島の顔は瞬く間に赤らんだ。 「構って欲しいならそう言えば」 指摘してやれば次はきゅっと眉尻が下がる。 コロコロ変わる。想定の中にも外にも。 「…あのね」 「ん?」 「返事して欲しかっただけ」 悲しげな声が、否応なく罪悪感を引き連れる。 いつも結局こうなった。 打算を持たない純真さに、最後はどうしたって柔らかく頭を撫でる。 戸和はもう虐めるのをやめて抱きすくめた。 今日は今年最も寒く、10㎝の降雪。 それからうどんを煮て、とろろ昆布を入れて、 それから。

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