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Shocking UMA2

つづいてしまいました ※しかし仄暗い ▼はじまり 遡っておよそ半年ほど前。 知人から預かり、ちいさなUMAがやって来た。 みめは幼稚園年長くらい。 ことばも使いたがらず、あんまりおしゃべりしない。 だっこを催促する、わけでもない。 いつもひとりであそぶ。汚いぬいぐるみと、いつも同じ絵本をきまった角度でならべる。 「自閉症?」 玄関先で預け主の知人とはなしていた。 当人のことを聞いていたさなか、本郷はこぼれ出た単語を聞き返した。 「の、気があるんですと。そない深刻や無いにしても…就学はちょっと考えたって下さいや」 そのように診断が下ったなら、考えねばならなかった。 あのこどもとの向き合い方、これからの展望。 本郷は了承して別れ、こどものいる中へと戻った。 幼児はリビングをうろうろさまよっている。 環境がかわるのを嫌がるから落ち着かない。 やがてうめきながら地べたに塞ぎ込んだ。 「さな冷たいよ」 絨毯もなにもしかれてない、床から拾い上げようとてをのばすと、泣きながらどこか行ってしまった。 あ、裸足だ。くつした。 肩も寒い。生憎あたらしく買い揃えないと、なにもない。 いっしょにデパートに…は難しそうだから、ネットで頼んでしまおうか。 「何か食べる?」 声をかけても、さなはひとりで泣いていた。 子育ての経験はあっても、なにも役に立たない。 よんでも返事がない。こっちを見ない。 その世界に、自分が居ない。 本郷はもう黙って、離れたソファーに座るしかなかった。 くるくる時計が回る。 生き物がおうちへ帰る。 部屋のいろが変わり、ちょっとずつ嗚咽が止みはじめた。 それで音がなくなったころ。 「……」 目をまっかにして、さなはじっと何かを見ていた。 本郷が視線をもどす。 新聞だった。 床にたまたまおちていた、こどもには面白くもないモノクロをずっと見ていた。 「に、が、つ」 傍観していたおとなの肩がはねた。 いま、文字を読んだ。 勘違いもない。新聞をみて、そのとおり声をはっしたのだから。 驚く本郷の手前、さなはしゃがみ込み、持っていたアザラシを右側へとならべた。 「さむい、」 ほんの小さな手がかみをなぞり、唯一のともだちへことばを教える。 アザラシはうんともすんとも言わない。 無機質な目で、変な方を向いている。 彼にはそれが大事なことなのだ。 いいがたい気持ちで本郷は手帳をちぎり、そこへボールペンをはしらせた。 さなをおどかさない様に近づき、そっと新聞のとなりへ紙をならべる。 こどもはまたしてもじっと動きをとめた。 精一杯ていねいな字をみて。 「――ほん、ごう」 幼いこえが、まるで奇跡に思えた。 「よ、し、せ」 ゆびがたどり終わる。 なにかは理解しなくとも。小さな世界で、本郷のなまえが確かに完成された。 それをどう表してよいやら分からなかった。 いっぱいに抱きしめてやりたいのに。 明確なへだたりを跨いだまま、そっとほほえむだけで。 「…そうだよ」 この子は何をたべるのだろう。 何を好きで。何を嫌って。 どんなゆめを見て。 アザラシだけのさむい世界で、どうやって人の体温をみつけるのだろう。

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