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(memo-4) 新入社員がやって来た!篇
「B、B、B、B、B」
「C、C、C、C、C」
「お、性癖の話?俺はAが良いかな」
「喧しい入ってくんな」
拝み続けていた人々が童貞の一言に白けた。
彼らは少なくとも、それよりは高尚な悩みを抱いていた。
新人様が入る。
牧場の家畜が増える。世話は押し付けてくれて構わないから、何なら自分の餌も差し出すから。
「戸和様、お願いですからウチに寄越しやがって下さい。どうぞ肩でもお揉みしますから」
「触んな」
「おい良いから実の所を言えよ、何処にやる気なんだお前は」
甚く鬱陶しげに副主任が振り返った。
暇人どもめ、という面だ。
違う違う、忙しいから突っ込んでるんだ。何も暇だから構って貰ってる訳じゃないんだ分かってくれ。
「決めてないって言ったろ」
「適性見るって話か?馬鹿言え、そんなもん印象で分かるだろ。人間生まれながらに、使う側と使われる側は決まってんだよ…うわああああ」
「うるせえな」
「じゃあ今日の研修でまたタライ回しか?あれ結構疲れるんだぞ」
「定時には帰すから大丈夫だろ」
「定時…」
全員が不味い物を食った形相になる。
釣られて戸和すら黙ってしまった後、牧が部下を代表して口を開いた。
「…定時って何時だっけ」
(誰も覚えてない)
「きッ、今日から皆様と一緒に働く事になりました!山梨です、宜しくお願い致します…!」
(…噛んだ)
(噛んだ可愛い)
(めっちゃ初々しい可愛い)
じーんと社畜一同が目元を押さえる。
なんせ可愛い新人なんて居なかった。アホ主任もその頃はヤーだったし、その前に至っては高校生が学校帰りに社長を怒鳴るし。
「山梨くんには適当に各班回ってもらうから、そのつもりで」
「はいっ」
「今日は業務も落ち着いてるから色々聞くと良いよ」
班長代表は自分で言ったくせに涙が出た。
いいかい、君が帰るまでは落ち着いて仕事するから。
翌日2、3人死んでても疑問に思わないでくれ。
「副社長が夕方にしか来られないので、書類関係も俺が説明します。えーとその前に…今居るメンツも軽く自己紹介して下さい」
「えっ、そんないきなり」
「何おどおどしてんだよ、キモいんだよ、はよしろや」
班長どもが輝かしい新人の目にたじろぐ。
確か1個ほど年上だった筈だ。なのに何だその綺麗な目は…一体何処にそんな希望を抱いてんだ。
お前の就職先はブラックだよ、やーいブラックー!
その若さで墓場に脚を踏み入れたんだよ、本当に。有難う御座います。
「…B班班長の間宮です、レポートつくってます。どうぞ宜しく」
周りは見逃さなかった。
水商売丸出しの格好に、山梨くんの顔が冷えた瞬間を。
「E班班長、千葉です。専ら外だけど仲良くしてな」
馴れ馴れしい。握手からしてもう馴れ馴れしい。
いきなり新人のATフィールドが割れる。やめろ。
「B班副班の海堂です…でも性癖はAです、間違えないで下さい」
てめえ。
「え、あ、はい…」
「あと制服モノなら揃えてあるんで、ヌきたい時は言って下さい」
「――社内ポータルを!管理してます、彼は!毎日!」
牧が部下の顎から蹴り飛ばした。
暴力に弱い文系だろうが、顎が割れて男前になろうが知ったことでは無かった。
「ぽ…ポータルサイトを…」
「ええ、システム面でね!主に…よし、その使い方も教えるから席に行こうか」
胃がつら。どうしよう今日辞めたいとか言い出したら、上二人も未だ来てないのに、此方の責任になること請け合いだ。
「…これが自分の机ですか」
しかしデスクに到着すると、牧の懸念を他所に顔が華やいだ。
確かにこの会社。見た目だけは格好良く、やたらテンションが上がる仕様になっている。
「そう、好きに使ってくれて良いよ。冷蔵庫置いてる馬鹿も居るし」
「有難う御座いま…」
山梨くんの目が一点で止まった。
机の端、隣との境界線を越えてタランチュラが進軍していた。
「これは…」
「おい一ノ瀬!家で飼え言うたやろが!」
「お…俺には、俺にはもうそれしか生きる希望が無いんです…それが居なかったらもう楽しみも何も…!」
「ごめん」
ゲージから逃げた蜘蛛が、かりかりと書類の山を辿る。
あの、悪い奴じゃないから。
牧リーダーが恐る恐る声を掛ける寸前、虫アレルギーらしい彼が白目を剥いて昏倒した。
(牧リーダーの胃がヤバイ)
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