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Shocking UMA3

▼わるいやつ さなが来てざっと2週間。 どうやら時が解決したようで、ようやっとこの家がプラットフォームに落ち着いた。 かのように見えた。 少なくとも泣きながら歩きまわったり、ベランダの窓に突進したりしなくなったから。 なのにこの子、ちっとも反応しないのだった。 朝から晩までアザラシにかまって、手でものばそうものなら必死ににげる。 ずっと、手にもってる。 灰色になった縫いものにだけ、何度もはなしかけたり、目をのぞきこんだりして。 人にはちっとも。 「仕方ないんですよさなちゃん、お母さんが育児放棄で逃げてしまって」 少し前、事情を知る施設の先生がきた。 「1ヶ月に2、3回、ごはんだけ置きに帰ってきて。でもそれも無くなって数ヶ月…危ない所を近所の方の通報で保護したんです」 おとうさん共々、行方が分からないそうだ。 誰もいないアパートの一室、さなはアザラシとたったふたり、音も会話もなにもない世界で、気の遠くなる時間を過ごしていたのだ。 「あの子にとって、ぬいぐるみだけが一緒に居てくれたんです」 最後のほうには彼女、泣いていた。 こどもがきた日を思い出したのだろう。 いたましくて仕方がないのに、それを本人はちっとも理解していない。 だって初めからあの子の中で、だれも居なかったのだから。 今日も文字を懸命に覗きこむ。 ほんの小さな背中に、かけることばが浮かばない。 「…うわ、なんだあの小さいの」 ところが惑っていたら、急に現実にもどされた。本郷は顰めっ面で振り向く。 同居人かつ共同経営者が帰宅し、無遠慮にさなを観察していた。 「頼まれて預かることにしたから」 「正気かよお前、犬猫じゃねんだぞ。あれ何?アザラシ?」 「あれはあの子の友達」 「友達汚すぎだろ、風呂入れてやれよ」 それができたら苦労しない。 言いたい放題な神崎をねめつける。この男、なにをするかと思えば。 止めるまもなくさっさと歩み寄り、さなが持っていたアザラシをとりあげてしまった。 「あっ」 「お前の友達洗濯機入れていい?いいよな」 いいわけあるか。 せめて手洗いにしろ、以前にもいうことがわんさかあった。 さなは虚を突かれてとまっていた。 が、神崎がうばったとわかるや、当たり前に号泣しだした。 全力でないている、それをクソ野郎はふしぎそうに見ている。 「洗濯機わかるだろ、回る奴だよ。洗面所にあったろ」 「何か分かんなくて泣いてるんじゃねえよ糞が」 「そうなの?ああ、俺が取ったから?」 分かり切ったことを一々聞き返す。 神崎はかわいそうなこどもを前に、ぬいぐるみをぶらぶら揺らしてみせた。 「だったら取り返してみな、ほら」 懸命に泣いていたさなが、そこでひゅっと嗚咽をのみこんだ。 おっきな目でじいっと神崎をみている。 なんとなく止めるのが憚られ、傍観してしまった。 するとさなはわるい大人に近寄り、ぐずりながら上着を小さな手でひっぱりだした。 (…認識してる) 呆気に取られ、本郷は無茶苦茶な親友のやり方を伺う。 無茶苦茶でも、さなは相手をわかって、それでアクションをおこしてきた。 それがどんなに大きなことか。 まさかこの男、分かってこんな荒療治を。 「あとお前の友達さあ、目玉取れかかってるよ」 やな予感がした。 それが的中し、「あ、とれた」と淡白な声がした。 みずから毟ってしまったパーツを手に、神崎は親友を振り返る。 「おい義世、これもう買い換えようぜ」 訂正。微塵も分かってなかった。 本郷はまた顔を歪めたこどもをかばい、アザラシを奪還すべく悪をけり飛ばした。

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