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※after-hours
戸和とそういう関係になって、そういうことを致して。
やっぱり恐れていた事態に陥った、というか。自らドツボにハマり込んでいった。
萱島は右往左往していた。
日付を跨いで、責任者2人が残されたこの場で。
いつも通り涼しい彼の後ろ、書類を握りしめて勝手に気まずくなり、間合いを開けて伺っていた。
(か、会話が浮かばない)
今日になっても本当にチキンだ。
青年が席を立つ所作ですら、飛び上がりそうになる。変な汗まででてきた。
多分、後ろでまごついているのも知って、それで気のない表情で仕事を続けている。
じっと斜め後ろから綺麗な顔を見詰めた。均整の取れた、無駄のない身体だとか。格好のつく長い脚だとか。
(…ひざ座りたい)
とんでもない事を考えて、また出るに出られなくなった。
1人で耳まで赤かった。
「萱島さん」
「あっ、はい」
声が裏返る。とてもダサい、どころではない。
「ちょっと、確認して貰って良いですか」
業務中は律儀に丁寧な言葉を守るのだ。
倣って必死に平静なふうに直して、萱島はぎこちない歩を進めた。
恐る恐るとなりへ立つ。今日もいい匂いがした。
指差す先を覗き込むと、新しく組み立てたVBAが並んでいる。
「サイズを此処で変更出来るんで、使って貰えば」
「…すごい」
「何でそんな腰が引けてるんですか」
ふっと無言が落ちた。
指摘されて、何も返せない萱島が立ち竦む。
大きな手が伸びて、事もあろうかその腰に触った。ちょっと引き寄せて顔を見上げる。
頭上には追い込まれ、半ばパニックに嵌まる子どもが居た。
「……」
「さっきずっと何してたの、後ろで」
何もしてなかった。否、ぐるぐるしていた。
綺麗に赤いほっぺたを親指が虐める。音を上げて、苦し紛れな言い訳を始めた。
「ち、がうコピー機が…動かない」
「朝調子悪いって言ったろ」
「…聞いてなかった」
もう仕事の色を消した目が、じっと萱島を見上げている。
叱られてどうしようもなかった。尻尾を丸め、正直な所を吐露するしか。
「ずっといずみの事考えてた、ごめんなさい」
この不器用な子どもは本当に。
奇を衒って相手を黙らせるのが上手いのだ、毫も意図せず。
「…なら仕方ない」
髪に指を差し入れて、梳り撫ぜる。気持ち良さそうに目を眇めて、行き場に惑っていた手が戸和の肩へ落ちた。
柔らかい髪。頬。身体も何もかも、肩に添えた手指も。
(小さい手)
今日常に伺われていたのは知っていた。
気にしいで、対処に困っていた事も。面白いから放ったらかしていたけれど。
「いずみ…」
何時もひらがなだ。舌っ足らずに呼んで、星空みたいな目で見詰めて。
こんなに直向で愛らしい存在、社長はどうやって平気でいられるのか。
「ひざ座ったら怒る?」
さっき逡巡していたのはそれだろうな。
合点が行き、嘆息して身体を引っ張った。
まごついているのを、無理やり自分の上へ落ち着かせる。
望んでいた癖にもう顔も見れなくなったのか、萱島は肩口へ熱い顔を隠した。
ぎゅっと上着を握り締めた。
余りにも必死で、それが虐めてやりたくなった。
無防備な身体を擽る。背中、脇腹に伝った辺りで、大きく身を捩る。
抑えきれない息がくぐもった。追い詰められる姿を横目に、戸和は片手でラップトップを引き寄せ、監視カメラの電源を眠らせた。
「い、いずみ何すんの」
大人しく甘えていたかと思えば、服を引っ張りだした。
背景が何処か思い出して青くなっている。
こんな時だけ道理を持ち出すなど。まったくちゃんちゃら可笑しい。
普段あれだけ好き勝手に、気の赴くままに走る人間が。
「触って欲しいって言うから」
「ゆってない、い、いやだ」
「沙南、暴れない。良い子にして」
もう完全に子どもに言い聞かせていた。
ぐっと臆病から罵倒を飲み、萱島は情けない小言だけ漏らす。
「人の嫌がることしたら駄目なんだぁ…」
「それは良く覚えてたね」
褒めてやるみたく、両手をぎゅっとした。それで甘ったるい目をして、至近距離に互いを映し込んでいる。
萱島は瞬く間に静かになった。
いけないのだ、あやして優しくされたら。もう反論する勢いを刈られて、顔だけが熱を保って俯く。
「何で嫌だったの」
「…だってここは、会社だから」
すっかり従順な子は、ぼそぼそ言葉を紡ぐ。
視線は落ちてしまったが、手はくっついたまま。
「誰も居ないだろ」
「そうだけど、だって、いずみが」
続きを促してもでてこない。眼の奥をじっと伺おうとして、増々距離を詰めて。そしたら、繋いだ手が火元みたいに熱くなった。
かわいそうなくらい震えて。
「ねえ…そんなにずっと、みないで」
視線だけでいっぱいになって、涙すら浮いた瞳が訴えた。
悲痛なのにあからさまな熱を孕んで、羞恥に苛まれる。
好きでどうしようもないのだ。
身動きも取れない。
引き結ばれた唇を、戸和は掬い取る。
同じ物を合わせて、舐めとって、怯んでいる間に噛み付く。
「っひ、ん」
嫌がる素振りをして、戸惑うのを知ってる。
形だけ逃げる背を抱いて、キスを深めて、怖がらないよう撫でてやった。
柔らかくて熱くて甘い。
舌を吸ったら、背中の芯から崩れ落ちていった。
「ふ、…あ」
離してやった後を、態々掴まえてまた視線に晒す。
呼吸やらに必死でぼろぼろ涙を零していた。
「沙南」
「…、っ」
「良い子、こっちおいで」
急な快感に怯えて戦慄いていたのが、鼻を啜って青年を見詰める。
「…、うん」
褒められると途端に落ち着くのだった。疳虫も引っ込めて、おずおずと手まで回して。
恋を、親愛を、ごっちゃにしているのかは知らないが。
本人が只単に、まったくの子どもなのだ。
駆け引きも嘘を吐くことすら出来ない。
そんな倒錯じみた存在ながら、身体はしっかり反応していた。
胸が布越しに勃ち上がる。その可愛らしい昂ぶりを押して、さっさとシャツを開けて暴いた。
「あ、み、みないで」
「どうして」
嫌がる隙もやらず、柔く噛み付いた。
消え入りそうな声が漏れる。舐めて、温めてやれば明確に快楽が滲んだ。
当初は最後まで恥ずかしがって、駄々をこねるだけだったのに。余裕は無いながらいやらしい声を出されると、子どもの成長を垣間見た気がする。
「ふぁ、っあ」
肌がみるみる熱をもつ。
胸を噛んでいるだけで、達してしまいそうだった。
自分でも訳の分からないほど感じて、いつも中途から泣きじゃくっている。
戸和の方はそれで甘やかしてやったり、余計に追い詰めたり。
今は下肢に手を伸ばしても、ずっと執拗に中を探っていた。
「っい、いずみぃ」
「何?止めるの?」
そろそろ言う頃だと考えて、青年が先手を打った。
箇所は引っ掻く度に指を締める。蕩けて、何かを求める。
「…、や」
けなげに声を耐えていた。そのお陰で尚更、目が身体が行き場のない熱に犯されている。
「、やめないで」
幼い声が懇願した。
まったく飾りもしない、本心から溢れ出した音で、辟易するほど必死に戸和へ縋っていた。
さしもの青年も返事を失くす。
もう黙って引き寄せて、意のままに自分の物を埋め込んだ。
「っあ、…!」
「沙南、力抜きな」
繋がった一点から、とんでもない熱が襲う。
辛うじて意識を繋ぎ留め、息も精一杯にひとりでは対処できず、目前の青年へしがみついた。
「んっ、ぅ」
「泣かなくていいから、こっち見て」
緩急を変えて、柔らかく動かしてやれば。
つらそうでもない、悩ましい喘ぎを堪えられず、唇を押さえる。
身体を触る度に覚えて、気持ちよさに従順になっていく様がなんて愛おしい。
これで精神面が追いつけば、文句の余地も無かったが。
「いつも俺が言ったこと守らないで、何考えてんだお前は」
「えっ、ぁ…な、なんの」
ゼロ距離で威力の強い目がぐっと覗き込んでいた。
これは怖い時のやり方だ。
下半身の感触にしびれながら、それでも萱島が反射的に竦んだ。
「その辺で寝るわ、夜中に出歩くわ、一々叱られる事して」
「あぅ、ッで…でも」
「…滅茶苦茶にしてやろうか」
噛み付くように間近で声を潜めた。
その威力に、喉が小さな悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい」
怒んないで。ほんとうに泣き始めた萱島が、今度こそ底から謝った。一身に許しを請うのが、戸和の他に何も無いようで。
「ぜんぶ、ちゃんと言った通りする」
「約束したな」
「っ…う、うん…」
涙でぼとぼとなのに、ほっとした顔をしていた。置いてかれないよう、一生懸命に縋るから。
可哀想になって強張る小さな身を抱いた。
髪を退けて、正視する瞳が穏やかで嗚咽がやむ。
「沙南」
ほんの食むだけの慈しむ口付け。
そんな行為で、魂を盗られた萱島がぼうっと呆けていた。
「今はどうしたいの」
腹からなで上げる指先に、ずんと中心が疼く。
一気に熱いのが舞い戻って、無意識に身体をひっつけながら、羞恥に震える唇を開いた。
「――…」
今日の、少しの成長を。
見守る青年の目は殊更柔和になる。
拙い存在を導いてやりたくて、愛してやりたくて。
誰にも持っていかれない為に、閉じ込めるように柔らかい身体を抱き寄せた。
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