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cocoa, cigarette
社長と喧嘩した。
と認識しているのは萱島だけで、敵は結局暴言にもせせら笑っていた。最後はいつもあの、小さい子にやるみたいに手を振って何処かに居なくなる。
ムカつく。内容はもう正直、半ばどうでも良くなっていた。
そもそも発端も忘れてしまった。
結局萱島があれやこれや悩んだ所で、向こうは「うわーダンゴムシ蹴飛ばしちゃったよ」ぐらいにしか思ってないのだから。
「…不公平だ」
背中から思いっきり消沈して、とぼとぼ会社の廊下を辿る。そして誰も構ってくれないのだから、鬱憤を晴らす対象すら無かった。
世界は辛い。
何でも良いから話を聞いてくれないだろうか。
恨みがましげな目で缶コーヒーを求め、休憩所へ蹌踉と歩く。
ふと人の気配がして面を上げた。
この時間帯に人が居るのは珍しい。そろそろと萱島は妙な期待を乗っけて近づく。
休憩室の奥に陣取っていたのは寝屋川だった。
非常に物珍しいエンカウントに、突っ立って目を瞬いた。
(…何で上に?)
牧か、誰かに用事にしても。無駄を嫌うこの責任者が、手持ち無沙汰に座っているのがもう稀有だった。
「Cheeky?」
思考を呼び掛けが遮った。
萱島が慌てて視線を上げるや、一時目が合う。彼の口角が僅か吊り上がった。
「…お早うございます」
のそのそと歩み寄る。随分久し振りな気がした。
下に行った所で仕事の話か、居ないかのどっちかだ。マトモに話した事すら少ない。
「座らないのか?」
上司から提案してくれたので、萱島は遠慮なく隣へ掛けた。
この席は実は心地良い。戸和の近くに同じ、絶対的な安心感が支配する。
「ねえ隊長…聞いて欲しい事があって」
思えば何時も相談を持ち掛けている様な。まあ良いか。
「社長が酷いんだよ」
「Maybe so」
「一緒にご飯行くの忘れてたのに、謝らないしもう行かないって言った」
喋り出したらまた虚しくなってきた。
萱島は寂しさ故の癖で、上司の袖口をぐいぐい引っ張る。
多分、部下が見ていたら悲鳴を上げたろうが。
「約束したのに破ったのか」
「そう」
「じゃあアイツが悪いな」
画面を見ている寝屋川は、それでも邪険にせず受け答える。
「…だよね」
単純なもので、それで萱島の機嫌は浮上する。怖いものなしの子どもは、調子に乗って相手の腕にじゃれついた。
部下が見ていたら略。
「Do you want me to play with you?」
髪を掻き混ぜられる。掠れた低音がとても心地よい。
萱島はうとうとと目を細めた。
因みにこの上司の面倒見が良いのは知っていた。随分前のこと、副社長の娘が嬉しそうに証言してくれた。
社長とは大違いだ。たまにだとしても、十分優しい。
「隊長」
すっかり懐いてくっついていると、液晶から上司が顔を上げた。
いつも銃を握る手が、萱島のほっぺたを撫ぜる。
「もう来るぞ」
「…ん?」
何のことだ。今の一瞬で自分の話した内容も忘れていたから、反応出来なかった。
足音が近付いた段階で、漸く合点する。
この歩き方は社長。どうやら寝屋川と待ち合わせていたらしい雇用主は、休憩所へ踏み入れるや眉根を寄せた。
「うわ…」
妙な組み合わせどころか、相手構わずべたべたする萱島にドン引きしている。
「お前、下の狂信者が見たら銃殺されるぞ…」
「……」
うるさいなあ。本人を見た現在、萱島の心中には不満しかない。
顔を背ける部下を一瞥し、代わりに寝屋川が立ち上がった。
「遥、スケジュールの話をつけたら降りてこい。直ぐ出るぞ」
「分かったよ」
「それから」
肩を捕まえ、三白眼が突然鋭さを帯びる。
図らず神崎がその場に縫い止められた。
「部下に嘘を吐くなと教えたろ。また折られたいのか」
よもや神崎が黙る。
ファルージャ帰りのサーは、今日も誰彼構わぬ鞭を叩いて去って行った。
「…おい沙南」
「何ですか」
「アイツに余計な事言うなよ、死ぬ所だったろ」
「そんな大袈裟な」
神崎はやっとその場を離れ、迷った挙句萱島のココアを一つ注文する。
湯気の立つそれを手渡すや、自ら朝の件を掘り返した。
「何だっけ、中華?晩で良いなら連れてってやるよ」
「ふうん…」
知恵をつけた子どもは独り、思惑を挟んで微笑む。
いい気味だ。この糞牧場主に勝てる相手を社内に見付けてしまった。
御坂先生ともども、外堀から埋めるべくコネクトを目論んだ。
「土下座するなら今の内ですよ」
「どうでも良いけどお前さあ、何時まで俺のカード持ってんの」
「えっ」
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