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vanilla, cigarette
「社長、しりとりしよう」
わーい今日は休みだ!とばかりに萱島がソファーによじ登ってきた。
黙らせるのに餌でも買ってくれば良かった。もう一人が居ない日は、殊更にうざいから。
「ねえ社長、しりとり」
雑誌を手に長い脚を投げ出す。神崎は子供が嫌いな訳ではないが、何分面倒はごめんだった。
「社長はしりとり嫌いだからしない」
「じゃあ何なら好きなの」
「お前の居ない空間」
流石に今のは言い過ぎだ。
天真爛漫な生き物が、地獄の様な顔つきで黙る。
言い過ぎはしたが静かになった。好奇心を殺して立ち上がるや、のっそのっそと奥に引っ込んでいった。
(何か妙に聞き分け良くなったな)
嫌な気配を察して、神崎は雑誌越しに廊下を睨む。
泣き喚くのが定番だった筈が、ここ最近急に大人しく帰って行ったりする。
意識して耳を凝らせば、廊下の奥からぼんやり話し声がした。この家には現在互いしか居ないため、電話でもしているのだろう。
(…電話)
嫌な予感が当たった。察するにあの子供、復讐心を燃やして神崎の天敵に掛けていた。
「でねー…先生酷いんだよ、さっき出てけって言った」
先生。その呼称が対応するのは1人だ。
お、ま、え、はまた。
別に神崎は御坂に弱い訳ではない。断じて親代わりに育てられた過去も、巨大な借りをつくった経緯もない。
ただしあの男、稀にぷっつんと切れるのだ。
彼の怒りはポイント制のため、些細な萱島の告げ口だろうが、着々と脳内には記録して蓄積されてしまっている。
(因みに神崎が敷地内のヘリを借りパクした際、翌日一時的に戸籍が抹消されていた)
「あとね、この前ね…」
「…沙南ちゃーん」
神崎は雑誌を放り投げて立ち上がった。
大体いつの間に電話番号を聞いたのか。最近彼処にも出入りしているらしいし、初見はあんなにびびっていた癖に。
「あ…はい?」
告げ口した気後れはあるのか、近づく雇用主に萱島は肩を跳ねさせた。
「買い物行くけどついてくる?」
「…ん?何、何で?」
疑心に満ちた子供がじっと下から見てくる。未だ回線は繋がっている様で、戸惑いがちに萱島は電話口へ報告した。
「なんか社長が買い物行こうって…」
すると御坂のであろう笑い声が響いた。あの公僕、よっぽど外界の人間観察が面白いのか。
「社長、はい」
「何だよ」
「御坂先生が替わってって」
また説教でもされるのだろう、想像はついたが致し方なく携帯を受け取る。
神崎が電話に出るや、忙しいであろう所長の笑声が聞こえた。
『――しっかり遊んであげなよ可哀想に、今だけだよ。君どうせ子供もつくらないんだから、楽しめばいいじゃない』
「良いからほっとけよ、そんな事よりお前…この前伝えた産廃のフロント企業、全員捕縛したんだろうな」
『ああ西船?なんか如何に自分が屈強か訴えるから、高周波誘導炉に落としたら溶けたよ。何も屈強じゃないじゃない』
「…そうか、じゃあ適当に処理しといてくれ」
事後報告を受け取り、神崎は早々に通話を切った。人間を誘導炉に落として溶けないとでも思ったか。
否、奴の事だから、確信しつつやっぱり溶けるのかと逆切れしたのだろうが。
「おい沙南。アイツ割と気が狂ってるから、あんまり好き好んで関わるなよ」
「御坂先生は社長の数億倍優しいよ」
「お前はこの世界に優しいだけの人間が居ると思ってるのか?ツイッターに湧いてるお花畑かよ」
「でも本郷さんが怒ったところなんて見たことないし」
「ん?義世がキレてない事なんてあったっけ」
なんせ噛み合わない。
何故か、萱島の側が憐れみを含んだ目で見てきた。失礼な子供だ。
「社長かわいそう…何か買ってあげようか?」
「…家かな」
「えっ、何で」
「其処にお前が住んだら解決するから」
「だから、またそういう…人の事を」
(オチはない)
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