22 / 46

vanilla, cigarette

「社長、しりとりしよう」 わーい今日は休みだ!とばかりに萱島がソファーによじ登ってきた。 黙らせるのに餌でも買ってくれば良かった。もう一人が居ない日は、殊更にうざいから。 「ねえ社長、しりとり」 雑誌を手に長い脚を投げ出す。神崎は子供が嫌いな訳ではないが、何分面倒はごめんだった。 「社長はしりとり嫌いだからしない」 「じゃあ何なら好きなの」 「お前の居ない空間」 流石に今のは言い過ぎだ。 天真爛漫な生き物が、地獄の様な顔つきで黙る。 言い過ぎはしたが静かになった。好奇心を殺して立ち上がるや、のっそのっそと奥に引っ込んでいった。 (何か妙に聞き分け良くなったな) 嫌な気配を察して、神崎は雑誌越しに廊下を睨む。 泣き喚くのが定番だった筈が、ここ最近急に大人しく帰って行ったりする。 意識して耳を凝らせば、廊下の奥からぼんやり話し声がした。この家には現在互いしか居ないため、電話でもしているのだろう。 (…電話) 嫌な予感が当たった。察するにあの子供、復讐心を燃やして神崎の天敵に掛けていた。 「でねー…先生酷いんだよ、さっき出てけって言った」 先生。その呼称が対応するのは1人だ。 お、ま、え、はまた。 別に神崎は御坂に弱い訳ではない。断じて親代わりに育てられた過去も、巨大な借りをつくった経緯もない。 ただしあの男、稀にぷっつんと切れるのだ。 彼の怒りはポイント制のため、些細な萱島の告げ口だろうが、着々と脳内には記録して蓄積されてしまっている。 (因みに神崎が敷地内のヘリを借りパクした際、翌日一時的に戸籍が抹消されていた) 「あとね、この前ね…」 「…沙南ちゃーん」 神崎は雑誌を放り投げて立ち上がった。 大体いつの間に電話番号を聞いたのか。最近彼処にも出入りしているらしいし、初見はあんなにびびっていた癖に。 「あ…はい?」 告げ口した気後れはあるのか、近づく雇用主に萱島は肩を跳ねさせた。 「買い物行くけどついてくる?」 「…ん?何、何で?」 疑心に満ちた子供がじっと下から見てくる。未だ回線は繋がっている様で、戸惑いがちに萱島は電話口へ報告した。 「なんか社長が買い物行こうって…」 すると御坂のであろう笑い声が響いた。あの公僕、よっぽど外界の人間観察が面白いのか。 「社長、はい」 「何だよ」 「御坂先生が替わってって」 また説教でもされるのだろう、想像はついたが致し方なく携帯を受け取る。 神崎が電話に出るや、忙しいであろう所長の笑声が聞こえた。 『――しっかり遊んであげなよ可哀想に、今だけだよ。君どうせ子供もつくらないんだから、楽しめばいいじゃない』 「良いからほっとけよ、そんな事よりお前…この前伝えた産廃のフロント企業、全員捕縛したんだろうな」 『ああ西船?なんか如何に自分が屈強か訴えるから、高周波誘導炉に落としたら溶けたよ。何も屈強じゃないじゃない』 「…そうか、じゃあ適当に処理しといてくれ」 事後報告を受け取り、神崎は早々に通話を切った。人間を誘導炉に落として溶けないとでも思ったか。 否、奴の事だから、確信しつつやっぱり溶けるのかと逆切れしたのだろうが。 「おい沙南。アイツ割と気が狂ってるから、あんまり好き好んで関わるなよ」 「御坂先生は社長の数億倍優しいよ」 「お前はこの世界に優しいだけの人間が居ると思ってるのか?ツイッターに湧いてるお花畑かよ」 「でも本郷さんが怒ったところなんて見たことないし」 「ん?義世がキレてない事なんてあったっけ」 なんせ噛み合わない。 何故か、萱島の側が憐れみを含んだ目で見てきた。失礼な子供だ。 「社長かわいそう…何か買ってあげようか?」 「…家かな」 「えっ、何で」 「其処にお前が住んだら解決するから」 「だから、またそういう…人の事を」 (オチはない)

ともだちにシェアしよう!