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臨時ミーティング

「お前ら最近ちょっと緩んでんぞ」 いきなり現れて何を言うかと思えば。 対岸で仁王立ちする牧場主に、職員らが一斉にエクスクラメーションマークを浮かべた。 「…はぁ?」 「効率考えなくていいや、残業すればいいや感が出てる」 「だって早く終わらすやアンタが詰め込んでくるんですもの」 「そして俺に対する文句が多い」 「うるっせー!それは前からだよ!」 疲れてるのか、牧が変な所でブチ切れた。 今日も今日とて話を聞かない神崎は、良い若い者を捕まえて無理難題を押し付けてくる。 せっかくラッシュも落ち着いたから、早く帰ろうとしていたのに。 突如来襲した災厄の元凶に、メインルームの空気は一瞬で氷点下に落ち込んでいた。 「新人入ったんだからしゃんとしろや。片やリーダーは濡れ場大音量で流してるわ、片や間宮は相変わらずモテないわ」 「モテないのはやる気の問題じゃない」 「…論点がズレてるんだよな」 「良いから、お前らには危機感が足りない。ある程度型が決まって、ルーティン化してきた分はしゃあないが」 何が危機感だよ、死んでアメーバに転生しろよ。 ヒソヒソと一帯が悪口を言い合う中、神崎は我関せず、いつも通り絶対君主制の会議を始めた。 「取り敢えず問題意識を持ってもらう為に、お前らのダメな所を考えてきたから」 「じゃあ意見交換にしましょう。俺達も社長のクソな所…頑張って10個くらいに絞るんで」 「喧しいんだよ。お前らはただ従順に生きてりゃ結構なんだから黙ってろ」 「聞いたか今の!誰か労働局に電話しろ!!」 勢い良く席を立つも、可哀想なリーダーは即刻で首根を掴まれた。 襟が伸びる。 脱走失敗で囚われた兎の様相で、青年は恨みがましく世間を呪った。そろそろ本格的に帰りたくなってきた。 「じゃあ牧ちゃんから。お前は勤務中にいっつもエロゲ…してる事はまあ良いわ、仕事もしてるから。残業中に深夜アニメ見て泣いてるのも別に良いわ」 「良いんかい」 「仕事面に関して文句は無いけど、一つだけ注意しとく。お前服装ダサ過ぎるんだよ」 「放っとけや!!」 事もあろうか、牧が履いていたサンダルで雇用主の頭をしばいた。 お前そのサンダル。 一昨年くらいにジャ◯コ(旧称)行った時、偶々引いた福引で当たった奴を、よもや3シーズンに渡って。 この場で指摘する意味は不明だが。 ダサい、という事に関しては全会一致で決まった。 「…それから間宮。お前の柄シャツもシャッター街の個人商店で良く見かける奴だけどな」 「酷い言いがかりだ」 「根本的にVBAの知識が不足してる癖に、分かった風に仕事進めようとすんのやめろ」 「いきなりガチの指摘になったぞ」 がっしゃんとパイプ椅子が倒れ、班長がその場に崩れ落ちた。 確かにそれも薄々思っていたけれど。 サンダルを履き直した牧は、転がる柄シャツの男へ同情の眼差しを向けた。 「良いか、プライドだけ高くてもサバンナでは生き残れねえんだ」 「何でそんな状況想定して仕事するんですか」 「ウチはグローバルカンパニー目指してるから。次、海堂」 うわ来た。 正直AVに夢中だったが、飛んできた矛先に仕方なく顔を上げた。 「お前いつまで童貞やってんだ」 「…童貞は別に職位じゃないです」 「あとポータル何で修正したんだよ、アレ面白かっただろが」 面白いだと。牧が絶句した。 納豆に顔突っ込んで死ね。 前バージョンはリンクを押すや、1/10の確率で架空請求サイトに飛ばされる糞仕様になっていた。 最近ブチ切れた戸和が、海堂を軟禁して編集させたところだ。 前から知ってはいたものの、神崎の判断方法には全くもって不要な軸が存在する。 面白いか面白くないか。 本当に1回死ねば良い。 その後もう1回死んで、記憶がクリーンになってから単細胞生物として下水を彷徨えば良い。 「じゃあ最後に千葉くん」 「わあ…お久し振りです」 「千葉くんに関しては、俺はあんまり文句ないから。全員千葉くんを見習って、もうちょっと社長に敬意を払う様に」 「何か言ってるぞ」 思いの外穏便に済みそうだった。 しかし序に新規客の報告でもしておくかと、千葉が席を立った所。 「ただ一昨日お前のCD聞いたんだけど…何だっけ、あのアルバム2曲めの」 「…雷鳴?」 「歌詞が恥ずかし過ぎて、其処で心折れて全然聞けてないわ。ごめん」 「あああ!!」 顔面を覆った千葉が沈み込む。 もう駄目だ。 普段からは想像も出来ないネガティブを発揮して、地面をのたうち回る。 錯乱し始めた営業担当を、周囲が青い面で宥めに掛かった。 「こ…この非人道兵器め!!あれだけ千葉くんの音楽性は貶すなって言ったでしょうが!」 「ごめんって。一部の発症してる人には受けると思うけど…客観的に見れば痛い以外の何物でも無いから」 「やめろー!千葉くんが死んでしまう!」 「何でそっちに関しては豆腐メンタルなんだ。そんなんじゃ芸能界でやってけないぞ」 現場が一気に混沌と化してきた。 被害者は放ったらかし、勝手に神崎がミーティングを締め括ろうとする。 「それでは各自、改善案を纏めて来る様に」 「…改善案…だと?」 ギラリ。転がる千葉を介抱していた牧の目が、刃物の如き光を帯びた。 「分かった考えますよ、考えますけどその前に顔面殴らせろ…!」 「お前…!掴み掛かるな、窒息するから」 「取り敢えず全員で一回殺せ!話はそれからだ」 「おい暴力は何も生まねえからな!」 わー。家畜の反乱。革命軍の暴動。 多対一の壮絶な乱闘を繰り広げる現場を、上階の手摺から呆れた萱島が見下ろしていた。 「…またやってる」 「参加するか」 「いやあ…」 壁に凭れる寝屋川は何処吹く風だった。 まあその通り、ウチの恒例行事ではあるものの。 「あれで定期的にストレス発散させてんだ、放っとけ」 「何故毎回プロレス仕様なんですか」 「知るか」 昨日は本郷さんと殴り合いして、今日は職員と掴み合いか。 結構脳筋だな、社長。 頬杖を突いて見守っていた萱島は、途中で不意に笑ってしまった。 「楽しそう」 千葉くん、会社辞めるって言ってたのにね。 さてそれももう、随分と前の話になるけれど。 (こちらの世界は今日も平和です)

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