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Leaders
「戸和朝ごはん食べた?」
がさがさ隣でビニール袋が擦れた。
次いで実に脳天気な声と共にミックスジュースを引っ張りだし、サンドイッチを2つ並べ、更にレーズンパンを積み上げ(戸和は此処らで気分が悪くなり、見るのを止めた)、机上には物が溢れかえる。
「好きなの選んでいいよ、どれにする?」
「結構です」
「マジで…じゃあこれにしよ、はいあげる」
聞けよ。
勝手にBLTを押し付けた萱島を睨め付けたが、何処吹く風で楽しそうに包装を開けていた。
「駅前のパン屋さんは美味しいんだよ」
「味分かってないでしょ」
「分かりまーす、全部食べ比べてます。バーカ」
面倒な絡みは放っておいて、ミーティングの資料を整えに掛かる。
こんな朝から1人ピクニックを開いて、せっかく此方が昨日片付けた机を散らかし放題にしているが、紛うこと無き戸和の上司であった。
序に言えば、恋人であった。
デキた当初こそ仕事中であれビクビク可愛かったが。
残念ながら数ヶ月過ぎた昨今、すっかり以前の頭がカラな時分に戻っている。
「お昼出前にしようよ」
「何でもう昼の話をするんですか?」
「そん…そんな怒らなくても」
多少凄んでやれば、案の定大仰に怯んで身を引いた。
積み上がっていた食品は今の数分で忽然と消え、辺りには剥かれた包装紙が犇めいていた。
「ちゃんと片付けりゃ良いんだろ、片付けますよ」
視線の意味をそう解釈したのか。
萱島は居心地悪そうに椅子を引き、珍しく残骸を早々に仕舞い始める。
その姿を不思議そうに眺めた。
別に何を言わずとも、いつもセルフで追い詰められて退屈しない人間だ、本当に。
「…戸和くんはねー、和泉っていうんだホントはね~」
大人しくなったかと思えば。
今度は掃除の傍ら、珍妙な替え歌を歌い始める。
勝手に人の名前を使うなと言いたいが、関わるだけ付け上がる為に背を向けた。
「だけどちっちゃいから、自分のこと戸和ちゃんって言うんだよ」
「え、そうなの?」
「言うかよ」
タイミング悪く現れた牧が、ドン引きした様相で歩を止めた。
面倒臭くなった戸和は、頬杖を突いて作業へ逃避した。
「萱島さん、そんな阿呆みたいな歌ばっかり歌ってるから…見なさい。もう戸和くんが相手してくれないでしょ」
「いやだって今日忙しくないかと思って」
「まあそうなんですよね!暇なんですよ今日」
珍しくわっと牧が萱島の話題に食いつく。
矢張り。背後を見渡せば、メインルームはいつになく和気藹々としている。
既に異変を察した数名など、休暇を申請して旅立っていた。
「俺はさっきリストを見た時、夢見てるのかと…」
「泣かないで班長」
「この状態なら半休取って帰ろうかなあ」
「半休?全然問題ないけど」
「でも取ったら取ったで、急に…何かこう」
念願の休暇にも関わらず、困惑8割な牧が首を斜めにする。
「あれ?俺って休みの日、何してたっけ…みたいな」
「分かる!!」
「それは急にボケるタイプだから気を付けろよ」
容赦無い戸和の指摘が飛んだ。
2人は顔を見合わせ、うわーホントにぃ、怖いねー等と女子会の如く囁き合う。
平和だ。
ひとつも身にならない会話を背景に、カタカタとキーボードを叩く音が重なった。
「せっかくだから出前でも取ろっかな」
「良いですね、寿司にしましょ」
「お寿司は確か此処にパンフレットが…あれ」
ガサガサと身を突っ込みそうな勢いで引き出しを漁る。
然れど目当ての物が見つからない萱島へ、またも隣から億劫な戸和の声がした。
「パソコン右のラックの中」
「わあ、あったあ!」
「何で戸和の方がアンタの机を把握してるんですか」
「それは昨日俺が片付けたから」
「ああ…」
理解はしたが納得はしない。
雇用主曰くお母さん気質の牧は、目当てを発見して嬉しそうな上司を叱り付けた。
「また戸和くんに余計な世話焼かせて!」
「よ、余計かは戸和くんが決めるんですー…ほら戸和!お前、お昼何にする?」
「一番高い奴で」
はたと両者の動きが止まった。
そして何やら首を傾げて思案しながら、2人して萱島のラックを物色し始めた。
「…珍しいなアイツがああいうこと言うの」
「そんな事言われちゃあ、最高値を見つけるしかない」
「人数少ないし、全員分頼みます?俺らの割り勘で」
「牧は出さなくて良い」
「お前、さっきから要所でコメントくれるなら会話に参加しろよ」
それから出す、出さないで揉め始める。
遅れて喧騒に気付いた。
面を上げた萱島が、何やら咳払いをして立ち上がった。
「お前ら任せろ、俺は無敵アイテムを持っている!」
「あん?何…まさかそれは…!」
社長のカード。
勝ち誇った笑みで掲げる上司を尻目に、冷め切った戸和が心中で解説した。
未だ持っていたらしい。そもそも返す気がないらしい。
副主任こそ呆れていたが、“牧場主を血祭りにする会”発起人にして会長の牧は気持ちいいほど破顔した。
「…無限に使い放題、しかも使えば使うほど持ち主にダメージが発生する最強カードじゃないですか!」
「後日高額請求に慄くがいい!…あ、ついでにス◯ッカーズも何ケースか頼んどこう」
暫しパソコン画面を覗き込む2人が静かになる。
何やら余計な商品名までいっぱい聞こえたが、社長が数十万だの数百万だので怯える訳がなかった。
「――…お疲れ様です、リーダーの牧です。昨日は皆様スポット対応ご苦労様でした」
やがてインカムから、喜々とした牧の声が流れ始めた。
「本日の昼食ですが、希望者には此方で出前を注文致します。尚、費用は全額社長、社長が負担しますので…」
途端、何処からともなく歪んだ歓声が沸いた。
この盛り上がりを傍から見ていたら、流石に多少雇用主が哀れになってきた。
戸和は遂に会議資料を放り、今度はブラッ◯サンダーとにらめっこしている上司を見やる。
見やって、思いきり眉根が寄った。
震える指が小売専用のキロ単位注文に伸びていた。
一体何処に仕舞う気か。
当人が気付かぬ間に席を立つや、部下はクリック寸前でその手を捻り上げた。
(2017.12.3)
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