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第6話

清水 時春 (しみず ときはる)。 当時、お世辞でもあまり売れているとは言い難い新人の声優で、演技力もベテランに比べると全然劣っていたけど 声がどの人よりも力強く美しかった。 メインが目的で買ったCDでモブを演じていたが 一瞬でその声に心を奪われてしまった。 そして今、目の前にいるのが 紛れもない、その清水時春、本人。 これが夢とかそういう類のやつじゃないなら、俺は確かにその人と同じ空間で食事なんて、している。 「音楽プレーヤー、弁償します。中のCDは大丈夫……じゃないですよね、本当にすいません」 一度頭の中で今起こっていることを整理してみる。 交差点で人にぶつかって落としてしまった音楽プレーヤーを 清水時春が踏んで壊した。 なるほど。 なんかもう壊された怒りとかどうでもよくなっちゃったな。 この世界に神様が存在するならば、27歳にしてやっと俺にご褒美を与えてくれたに違いない。 「中身はあなたの出演されているCDばかりなので…」 うわぁ、我ながら何を言っているんだ。 こんな事言ったらドン引きされるに決まってるのに。 それなのに目の前の憧れの人は眩しい笑顔で嬉しいと言った。 「す、すいません、気持ち悪いですよね…」 そういえば残業帰りで 髪はボサボサ顔色も悪く 元からの猫背のトリプルパンチで印象は最悪に違いない。 イベントに行くときのように 心構えがあったわけでもないし、 所詮自分なんてこんなもんだ。 「凄く嬉しいです。ありがとうございます。」 白くて整った綺麗な歯をニコッと見せて笑う清水時春は やはり芸能人だ。抜かりない。 「でも、俺のせいで壊れてしまいましたね……」 音楽プレーヤーといっても 額はたかが知れている。 現金を出して渡そうとする清水時春をおいて よくわからないまま俺ジャケット片手に走って店を出た。 何してるんだろう俺。 追いかけてくる清水時春を全力で振り切って自分のアパートの部屋のドアを開けながら思う。 いやいや、おかしい。 普通、好きな芸能人に会ったら 握手してもらうとか、サインもらうとか 逃げるほかにやるべき事は沢山あったはず。 いきなり有り得ないことが起こってしまって、多分パニクっているに違いない。 もう一度整理しようと 安いオンボロアパートに入ると 狭い居間で賞味期限の切れたほうじ茶を飲んだ。

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