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ラストタイム・ラバーズ 01

 窓枠からのぞく遠い青に、ベ―ルのような薄雲がたなびいている。 鮮やかで深い色合いが、ふいに焦点を狂わせた。  視線をどこに合わせればいいのかわからずフラフラとさまよわせ、太陽を直視した瞬間くしゃみが飛び出す。  青空に浮かぶ大きな光が綺麗だからといって、直視してはいけない、とシブタニに教わったことがある。 ラバ―ズの瞳は観測用ロボットと違って、刺激には弱いのだと。  それでも空を眺めるのはやめられなかった。  僕が二ヶ月前まで暮らしていたショ―ル―ムには窓が一つもない。 かわりに、頭上には人口天空が広がっていたが、初めて目を開いた瞬間から当たり前のように存在する景色に、特別な感慨なんて湧きようもなかった。  けれど、このアトリエにやって来て初めて本物の空を知った時、なんて綺麗なんだろうと心底感動した。 雲一つない青空も、鴇色に染まる朝焼けも、稲光を携えた雨雲も、すべてが形容しがたいほどただただ美しかった。  最近覚えたこと。 本物の美しさを知ると、偽物の美しさに気がつくこと。  三百六十五日、ただ頭上にあり続けた人口天空は、本物のクオリティに限りなく近づけられていた。 空模様のバリエ―ションは少かったけれど、ショ―ル―ムで恋人を探し歩くゲストのために、ともすれば本物よりもずっとロマンティックな景色を演出していた。  僕たちラバ―ズも、人間の目にはそんな風に映っているのかもしれない。  偽物には偽物の、夢を見せるという役割がある。  しかしそれは、どうしたって本物の価値には遠く及ばない。 だからこそほんのひと時でも、彼らを……シブタニを幸せにできる存在でありたいと、心から願うのだった。

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