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ラストタイム・ラバーズ 07
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予告通り、翌日も午前中からシブタニは出かけてしまった。
アトリエを出る理由は、会議とか出張とか取材とか、売れっ子のデザイナ―にはとにかくいろんな柵があって、いつも詳しく予定を教えてもらえるわけではない。
それでも、僕がここに配属されてすぐは、助手という立場を慮ってスケジュ―ル管理も任せてくれていたのに、なぜ、という疑問がつきまとう。
外は快晴。
澄んだ薄青の下、花びらを落とした葉桜が、TOKYOの空を瑞々しく彩っている。
それなのに、美しいはずの空の色がうまく認識できない。
色彩が網膜をすり抜け、ぽろぽろと足元に転がり落ちる。
ぼんやり周囲に視線を巡らすと、二日前に読んだ童話絵本がブックシェルフの隅で傾いていた。
思わず手に取り、中身をもう一度パラパラとめくる。
物語の主人公である『人魚姫』は、王子様に恋をして、魔女の魔法で人間になったが、結局は結ばれることなく、海の泡となり消えてしまう。
王子の命と自分の命を天秤にかけ、自らの胸に剣を突き立てる、犠牲愛の物語だ。
もしも人間だったなら、人魚姫と王子様は結ばれたのだろうか。
同じ種族で、きちんと会話ができて、「あなたを助けたのは私です」と言えたなら……。
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