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第1話

 気が付くと、私は墨で染めたような黒い処に裸足で立っていた。軽く吸い込んだ空気の質から、夜中の森林だと察しはつく。右に左にと視線を巡らせると、重さを感じる玄(くろ)さの幹が奥の景色を隠すように林立しており、出来たばかりの木炭の如く黒い枝が四方八方へ鋭く伸びていた。樹木は枯れている訳ではなく、濛々と生い茂っており、一葉一葉が一粒の星光さえ吸い込む黒い穴の重なりに見えた。眠っているのか、居ないのか、鳥や虫の声はしない。  不思議と不気味さは無かった。歩を進める度に足首をカサカサとすれていく野草に痒みを覚えるものの、足の裏を濡らす草の冷たさは心地良い。むしろ不気味なのは自分自身だった。入院した者が着用する寝巻を一枚身体に巻き付けるように着ているだけで、後は何もない。手ぶらだ。  私は昨日の夢を思い出すのと同じ感覚で、つい先ほどまでの自分の出来事を考えてみたものの、病院に居た記憶が無い。根っこで凸凹の地面を歩く今だって、何処も痛くなければ不具合も無い。けれどこの状況はどう見ても、私は病棟から抜け出して森に迷った入院患者であった。

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