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第2話

 知らない場所へ迷い込む夢を見た時、人がそれを夢だと解るのは大概が目が覚めてからの話だ。私も何度か見た経験がある。最も近日のものだと、人の気配はするのに誰も居ない村だった。どの家も脱ぎ捨てられた靴や草鞋が楽し気に散らかっていて、奥からは宴の気配を感じるのに、笑い声どころか徳利がお猪口に重なる音すらしない。中を覗こうとした途端に、頭の理性ではない何処かが、前のめりになった私を咎める……此処にいてはいけない、お前は余所者だからと。そして、布団の中で目を覚ました私はそこでやっと気がつくのだ、夢を通して彼(あ)の世に入ってしまっていたのだと。  今、私がこの黒い森にいるのも同じ事だと思う。寝ている間に気が付いてしまっただけ。まるきりの夢なのか、夢の道を通じて彼の世に入ってしまったのかは定かでないけれど。とうてい現実世界にいる感覚ではなかった。  だから、さっきから誰かに呼ばれているような錯覚になっているのも、うっすら漂う甘い水飴の匂いにも、私は何の怖れも感じずに歩を進める事が出来ていた。ずんずんと歩いていて、ふと産まれる直前の記憶が蘇った。成年した者が十数年も前の幼い頃の日常を思い出すのと同じように。ふわっと自分の誕生の瞬間が脳裏に浮かぶ。  世の理屈とは合わないかもしれないけれど、私は自分が産み出される瞬間を覚えている。母の液体が甘くて心地良かったのに、胎外から聞こえてくる大人達の声を感じながら、何やらよくわからない動きをしているうちにずるりと此の世へ抜け落ちた。  あの時と同じように、森の奥から呼ぶ声は鼓膜を震わせず、直に私の中へ聴こえてくる。進めば進むほどに濃さを増す甘い匂いは、あの時の産道を逆行しているように思った。

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