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最終話
しんと静まり返った川辺に、蛍達がほわりほわりと戻ってくる。老爺は地面に打ち捨てられた入院着を見下ろした。赤黒い血痕に染まった部分は前身ごろだろうか。くしゃりと寄った襟の隙間から、一匹の蛍が姿を見せる。老爺はぬっと手首を出すと、その蛍を掴み取り、目の高さまで持ち上げた。
「甘い思い出に酔ったまま蛍になってくれりゃ、鬼の連中に高値で売れたのに」
老爺は残念そうに溜息をつくと、ぽいっと口の中へ蛍を入れた。ぐしゃぐしゃと草を踏み、川辺から離れると、森にむかっておもむろに詠いだす。
「ほ、ほ、蛍来い……」
老爺の唇は動いてはいない。されど、その声は道に迷い込んだ魂には届くのだ。
ここは彼の世と此の世の境目。
もしも、夢で知らない場所に着いてしまったら
決して持ち金で水を飲んではいけない……その銅貨は三途の川を渡る為の六文銭代わりなのだから。
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