16 / 167

第16話

 並んで歩く二人の影が、外灯に照らされて地面を這う。 黒く長い影は、微妙な距離を保ちつつ肩が触れそうになると意識的に離れた。 「なあ、あの子と・・・・・キスした?」 「え?・・・・・・・・・・うん、したよ。その先もね、・・・・・・・・・した。」 「そっか。」 「うん。」 なんとなく想像はできる。 桂のキス。 あの日、俺にしたみたいなキスを彼女と交わしたんだ。 桂の家の近くに来て、「じゃあ。」と言って別れる。 顔はよく見なかったけど、お互いに恥ずかしくなったのか、俯いたままそれぞれの自宅へと歩いて行った。 「ただいま・・・・。」 花屋のシャッターは降ろされていて、ドアを開けると中にいた母親に声をかけた。 「ああ、お帰り。いいじゃない、その髪型。さすがねぇ、天野さん。」 ひとしきり俺の頭を褒めているが、俺はそんなことを喜ぶ気持ちにはなれなくて.........。 「腹減った。」 そういうと2階の自宅へと上って行った。 テーブルに置かれた晩御飯は、俺の好きなピーマンの肉詰めとマカロニサラダ。 オニオンスープもあって、いつもなら喜んでご飯をかき込むのに・・・・・ 腹は減っているのに、なぜだか胃の辺りが重くてご飯が進まなかった。 「どうかした?いつもみたいにがっついて食べてないじゃない。」 「別に・・・・。腹減り過ぎて、なんか入らないんだ。風呂から出たら勉強するから、おにぎり置いといてよ。」 「うん、いいけど・・・・。」 母親が俺の顔をまじまじと覗き込むと言うけど、そういう事が鬱陶しく感じてしまう。 せっかく髪の毛もスッキリして、本当ならもっと喜んでいるはず。 なのに、今の俺は消化不良の様な感覚で、身体も気持ちもスッキリしない。 - 桂のせいだ・・・・・・・。 それは自分でも分かっていた。 あんな事聞くんじゃなかった・・・・・・。 いや、聞かなくても、あの二人の姿を見たらきっと同じようになっていた。 自分が彼女出来ないからって、桂を羨むのは間違っている。 俺は、・・・・・・・・・・・。 羨ましいのか? ・・・・・・・・・、いや、違うな。この気持ちは羨ましいんじゃない。 せっかくの俺と桂が〔トモダチ〕をやり直す時間をあの子に奪われた気がしているんだ。 男友達と彼女じゃ、どうしたって彼女を優先するだろう。 俺なんかと会って、しかも勉強を見るなんてつまんないに決まってる。 風呂から出て、早速試験勉強を始めようとした俺は、問題集を棚から取り出した。 机の上に広げてみると、この間桂が指摘してくれたところにラインマーカーが引かれてあって、その部分を指でなぞってみた。 ここは絶対出るって言ってたな・・・・・。 しばらく見ていると、「入るよぉ。」と声がして、アネキがおにぎりを持ってきてくれた。 「めっずらしいわねぇ、千早が勉強するなんて!台風が来るってさ。」 「は?・・・・・あっそぅ。俺が勉強すると台風が来るのかよ。ふざけんなよ。」 「やだ~、機嫌悪ぅ~~~。じゃあね、しっかり勉強するんだよ。」 そう言って、アネキが部屋から出て行った。 4歳年上のアネキは大学生で、5つ年上の男と付き合っていた。 まだ成人式を済ませたばかりなのに、もう結婚の話とかしてやがる。 俺には全く分からない。 好きになるって、どういうことだろう・・・・・。 結婚したいって思える相手が、いつか俺にも表れるのかな。 俺、ホモかもしれないのに・・・・・。 そういうのって、どこをどうしたら分かるものなんだろうか。 ・・・・・・・女の子と付き合って、キスよりもっと先へ進んだら分かるのかな・・・・・。 結局、勉強と関係のない事を延々と考えていたら夜も更けてしまい、また眠れぬ夜を過ごした俺だった。

ともだちにシェアしよう!