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第32話
長い睫毛が微妙に揺れると、天野さんの瞼がそっと開く。
それから俺に視線を送ると、少しはにかんだ様に笑った。
「可愛いなぁ、千早くんは。・・・見かけによらないっていうか、ホント、カワイイ。」
そう言いながら俺の方に向き直ると、頬を優しく撫でてくれる。
「そんな事、言われた事ない・・・・。可愛いとか・・・、天野さんの目が変なんじゃない?!」
「え~、そんな事ないって。本気で好きになりそうだよ。」
天野さんは、俺の頬を摘むように引っ張ると、そのまま唇を寄せてきた。
「痛いって・・・。ちょ、痛いから!」
思わず天野さんの唇を避けるように顔をずらした。
このまま二人でイチャイチャするのも恥ずかしくて・・・。
「逃げんな・・・。コノ・・・」
俺は手首を掴まれて、しっかりホールドされてしまう。
天野さんが俺の身体の上に乗っかると、股間が擦れてビクンとなった。
でも、さすがに今日はもう・・・・・・。
「天野さん、・・・勘弁して。」
そういう俺に、「うん、今日は初日だもんな。勘弁してやる。」と言ってほっぺにチュッとしただけ。
立ち上がると、ニッコリ笑ってシャワーを浴びに行ってしまった。
- 初日・・・・?
そう言った気がするけど、身体が重くて、そのままウトウトしてしまう。
しばらくして、なんとなく気配を感じて目を開けると、天野さんが俺の身体を蒸しタオルで拭いてくれていた。
「あ、すいませ・・」
「いいよ、疲れたろ。ゆっくりしていくといいよ。明日の朝家まで送るから、少し寝たらシャワー浴びて晩飯食おう。」
「は、い・・・。」
そう返事だけすると、俺はまたウトウトし出した。
- 触りっこだけで、こんなに腰にクるなんて・・・・・
セックスしたらどんな風になるんだろう・・・・・・
- - -
翌朝は、昨日言った通り天野さんの車で自宅へ向かった。
「休みなのに、こんなに朝早くに返しちゃって申し訳ないね。あそこじゃ千早くんを一人置いておくわけにもいかないし・・・」
「いいんですよ。天野さんは仕事だし、俺はまた帰ったら家でゴロゴロ寝てるだけだし。」
運転する天野さんを横目で見ながら話すけど、昨日来たときより、距離感が近く感じるのはどうしてだろ・・・。
結局俺の分かったことは、男が相手でも嫌悪感はなかったって事。
それが、天野さんだからなのかは分からない。ただ、自分の性癖をちゃんと受け止めようと思った。
周りにベラベラしゃべる事じゃないけど、俺の中でその事が分ればそれでいい。
女の子相手では、こんな気持ちになれないと思った。
まだ分からない事は多いけど、一歩だけ前に進めた気がする。
「あ、その辺でいいですよ。あとは歩いて行くから。」
家の近くの交差点に差し掛かったから言ったが、「大丈夫、どうせUターンしなくちゃいけないし、家の前で降ろすから。」と言われ、そのまま乗っていた。
交差点に差し掛かると、意識したわけじゃないけど、桂の家の方向に目が行く。と、その時、桂が歩いてくるのが見えて、一瞬目を逸らしてしまった。
「あ、信号・・・。」と、天野さんが呟く。
目の前で、信号が黄色から赤に変わってしまい、停止線で車を停めると、俺たちの車の前を桂が歩いて行く。
心の中で、こっちを見るな・・・・と思ってしまう。
なのに、チラリと見た俺の視線を感じたのか、桂がこっちを振り向いた。
- あ・・・・・
またもや口がポカンと開く。
横断歩道を渡り切った桂の姿が遠くになると、俺は下を向いた。
そこから顔を上げる事が出来ない。
この前とは違う。
俺と桂の間には、目には見えない境界線が引かれたような気がした。
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