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第48話

 凍える息が、白い霧のように俺の顔を掠めていった。 病院の駐輪場に停めた自転車にまたがると、家への道を急ぐ。 どうしてか、あの中3のキス依頼、俺と桂の間には微妙な亀裂が入ったままで。 顔を合わせば、言葉も出るのに、結局今日みたいに変な別れ方になってしまう。 俺がいけないんだろうか・・・? 意固地になっているからか・・・・? だけど、桂だって変だ。 この間、柴田に誘われた時みたいに、俺が断るなら話は分かるけど、なんで桂が4人でのダブルデートを断る必要が? しかも、桑田さんの手前、一応は俺に相談してみるとか、さ・・・・・するだろ、普通。 冷たい風が額に当たるせいか、俺の脳裏は案外と冴えていた。 それでも、グルグルと同じ疑問が渦巻くだけで、何も前には進んでいない。 桂との仲も、また険悪ムードになりそうだったし・・・。 - - -  「ただいま~。」 店じまいをする母親に声をかけると、2階へ続く階段を駆けあがった。 「あっ、千早!!・・・」 大きな声で俺の名を呼んで、下から見上げると花束を掲げる。 「・・・・なに?」 「さっき、天野さんから電話で、パーティー用の花束を注文されちゃったんだけど、お店に届けて来てくれない?」 天野さんの名前を耳にして、俺は少しドキリとするが、「いいよ。」と、わざと抑え気味に言うと、降りて行った。 「今からクリスマスパーティーでも始まるのかな?!・・・・いいなぁ~、俺なんていっつも店の手伝いで、パーティーなんか行った事ないし・・・。」 愚痴りながら、手にした花束を抱えて言うと 「もう・・・、仕方ないわねぇ、今晩は遊んできてもいいわよ。ただし、お酒は飲まないでよ!!未成年なんだから!」 ちょっとだけ睨みつけるようにして、俺の背中を叩く。 「おっ!!いいの?・・・ヤッター・・・」 そう言いながら、足はすでに、天野さんの店の方を向いていた。 ガラス張りの店の中が賑わっているのが分かると、俺は緊張しながらドアを開けた。 「あ、いらっしゃ~い。・・・・オーナー・・・!千早くんですよぉ~~~~。」 いつも笑顔で迎えてくれるスタッフのエリコさん。 少し酔っている感じで、いつになく言葉尻が伸びていた。 「ああ、有難う・・・。こっちに生けるから貸して。」 「はい。」 天野さんの顔が見えて、少しだけホッとする。 天野さんも少し酔っているみたいで、頬が赤くなっていた。 「お客さんは?・・もういないんですか?」と聞く俺に、「うん、これからはうちのスタッフとの慰労会みたいなもん。」と言う。 「わざわざ花束を注文するから、誰かにあげるのかと思ったら・・・。店に生けておくんなら、明日の朝うちの母親が来るのに。」 俺がそういうと、奥の流しの所に立っていた天野さんが、こちらを向く。 「ふふふ、、、鈍いなぁ・・・千早くんは。オレが頼んだのは、千早くんの顔を見たかったからだよ。」 「え?」 「だって、ずっと忙しくてゆっくり話も出来やしないし、今夜はクリスマスだよ?!」 「・・・・?・・・ええ、クリスマス、ですね。」 「ちょっとこっちに来てご覧。そこの大きめの花瓶持ってね・・・・・。」 言われるまま、花瓶を手にすると、店からは隠れている奥の流し台の所へと行く。 パーマ用のロットを洗ったりヘアカラーのボウルを洗ったりする場所は、カーテンで仕切られていて、みんなのいる場所からは見えなかった。 天野さんは、俺が手にした花瓶を台の上に置くと、花をざっと放り込む。 それから、色合いを見ながら、器用にまあるく生けていった。 でも、その間にも隣で見ている俺にチュッとしてくるから、凄くドキドキしてしまった。 誰かに、・・・スタッフに見られたら・・・・。 意識はカーテンの向こうにやりながらも、口元は天野さんのキスを待つ。 キスのたびに、飲んでもいない俺の鼻孔に酒の香りが抜けてくると、クラッと酔いそうだった。 どうやって母親をごまかそうかな・・・・・・・。

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