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第54話

 スタッフで賑わう店の中で、異質の存在の俺が、尚更際立った瞬間。 天野さんは酔っているんだろうか、普段よりも強い力で俺にしがみ付くと、尚も頬にブチュツとしてくる。 首に回した腕は、ガッチリ俺の喉に食い込んで痛かった。 「天野さん、・・・・大丈夫ですか?」 出来るだけ顔は離して聞いてみるが、 「え?・・・ダイジョウブ、ダイジョウブ。」 またもやキスをしようとしてくる。 - 全然大丈夫じゃないよ・・・。 「オーナーはキス魔なのよ。ごめんなさいねぇ、若い女の子の方がいいよねぇ?!」 目の前にいたスタッフに言われて、俺は一瞬言葉に詰まった。 「・・・ああ、はい。・・・ですよね。」 なんとなく曖昧な返事をすると、天野さんの腕を取ってソファーに移動させる。 さっきまで蕎麦を食べていたのに、こんなに短時間のうちに酔っぱらうなんて・・・。 うちの父親を見ているけど、こんなに急に酔ったりはしなかった。 「蕎麦屋の親父さんが、さっき日本酒の差し入れしてくれたんだぁ。」 小さな声で俺に言ったのは、天野さん。 「その前にビールとかワインとか飲んでたのに・・・。日本酒まで飲んじゃったんだ?!」 俺の問いかけに「・・・う~~ん。」と唸る。 なんとも情けない声の天野さんを前に、一人素面の俺は呆れてしまう。 「オーナー、後は私たちが片付けておきますから、部屋に戻ってくださいな。」 「う~~~ん。」 「オーナー・・・。」 「う・・・・・ン。」 らちがあかないと思った俺は、天野さんを背中に背負うと「俺が部屋に運んでおきます。また後で来ますね。」と伝えた。 「ああ、千早くんお願いね・・・助かるわ!!」 スタッフがドアを開けてくれて、エレベーターに乗り込むと5階のボタンを押してくれる。 「部屋までついて行こうか?」 エリコさんが言うが、「大丈夫ですよ。これでも重いものは持ち慣れているんで、鍵だけ出してもらっていいですか?」とお願いをして上の階に行った。  バタン、  ドアを閉めると、天野さんの身体を奥の部屋のベッドに運ぶ。 う~ん、と言いながら俺の背中で潰れている天野さんを横たわらせると、取り敢えずズボンとセーターを脱がせた。 それから掛け布団を肩まで掛けて・・・。 目を閉じながらも、ニヤケ顔の天野さんがなんだか可愛くて、俺までニヤけてしまうが、俺もこうやって天野さんに運ばれたんだよな、と思った。 ほんの3か月前に出会ったばかりなのに、今ではこんなに身近な人となった。 ’恋人’ではないにしろ、身体は許せる相手。 心だって、・・・・・ そう思った時、なぜかポケットに仕舞った携帯が気になる。 桂・・・・病院からかけてきたのかな? それとも退院したんだろうか・・・・。 どうして、桂からの電話に出なかったのか・・・・。 何故か分からないけど、出たら天野さんの所には行けないような気がしたんだ。 頭の片隅で、いつまでもくすぶり続ける燃えカスのように、今度風が興れば、一気に炎が燃え上がるような気がして・・・・・。 - - -  寝ている天野さんを残して、俺は下の店に戻った。 「あら、オーナー置いてきちゃったの?」 「うん。・・・きっと年が明けても起きないよ。」 俺は笑いながら、スタッフが片付けるのを手伝う。 ゴミの袋を手にすると、店の中を一周して回り、テーブルやソファーの下にもゴミが落ちていないか確かめた。 そうしながら雑誌をまとめると、ブックスタンドに入れてちゃんと見えるようにレイアウトもしておく。 「も~、千早くんて手際がいいわねぇ・・・。うちのアシスタントにほしいよ。」 そう言ったのはもう一人のスタッフで、蕎麦の器を重ねながら言った。 「オーナーが千早くんを気に入ってるの、分かる気がするわ。」と、エリコさんに向かって言う。 なんだか褒められてくすぐったくなると、俺はさっさと片付けて後はお願いしながら挨拶を済ませ、部屋の方に戻って行った。 相変わらず天野さんは布団の中。 仕方がないからテレビでもみようと、スイッチを入れた時だ。 テレビの中から、除夜の鐘の音が聞こえ始めた。 - ああ、もうすぐ今年も終わるんだな・・・・。 一人感慨にふけりながら、今年の出来事を回想し出す。 桂と再び話せるようになったことが嬉しくて、反面、モヤモヤが募っている感じもするが・・・・。 取り敢えずはいい年だったと思った。 しばらく、鐘の音に耳を傾けていると、ポケットの中の携帯電話が鳴り出す。 その振動を確かめるように、上から押さえると、恐る恐る開いてみる。 ・・・・・そこに表示されたのは『桂』の番号と名前だった。

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