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第55話

---どうして、こんなタイミングで・・・・・ 頭によぎった桂の顔。 顔を合わせれば、また気まずいだけなのに・・・。 それでも、今度は電話をとった。 『あ、千早・・・・?!』 「うん、・・・どうした?」 『さっきもしたけど、出なかったから…。』 「うん、ちょっと移動中で・・・。」 電話の向こうで桂の声が’あ・・・’というのが分かる。 ココが出先だという事が伝わったのか。 『ゴメン、出掛けてたんだ・・・・・。遠く?』 「いや、・・・・・美容院の上。」 そう言った後、少し間があいたのは桂が何かを感じているからか。 この間、車で送ってくれた人が天野さんだって話して、俺はお客さんだと言ったけど、桂は俺たちが付き合っていると思ったらしくて。 確かに、付き合ってはいるのかも・・・。 でも、恋人じゃない・・・と思う。 今日、こうしてスタッフの間にいる天野さんを見たら、余計にそう思った。 静かになった受話器の向こうで、桂は何をしているのかと気になる。 「どうした?!まだ入院してるんだろ?」 俺はベッドに背中を預けると聞いてみる。俺の頭の後ろには、寝息を立てる天野さんがいた。 『昨日退院した。・・・貴理に知らせてくれたんだってな。』 「うん、ごめんな。おせっかいだったか・・・。」 『・・・うん。おせっかいだよ。』 桂は、少し呆れたように言った。 俺だってそう思ったけど、あの時はそれがいいことだと思ったんだ。 「それで、そんな事を言うために掛けてきたのか?!もうすぐ年が明けるってのに・・・。」 『・・・年が明ける前に、千早に言いたい事があったんだ。今年中にカタを付けないと、オレはまた後悔することになるから。』 - 後悔・・・? 俺が黙っていると、尚も桂が話し出す。 『オレは、ずっと千早の事が好きなんだ。モチロン友達としてもそうだけど、あの日千早にキスをしたのは、そういう意味の好きも兼ねてだった。』 唐突に言われて、返事に困る。 息を飲んで記憶を遡ると、あの日の桂の瞳が浮かんできた。 俺の口元をじっと見て、焦点が合っていないような、虚ろな眼差し・・・。 「・・・桂・・・・・。」 名前を呼ぶ事しかできない。 『千早・・・・会いたい。オレ、そこに行ってもいい?』 「え?!・・・ここに?」 『そう、下に居て。顔見たらすぐに帰るし。どうしても年が明ける前に、千早の顔を見てちゃんと告白したいんだ。』 「・・・・・」 言葉に詰まって目頭を押さえた。 バカなヤツ。 なんで今更そんな事を言いだすんだよ・・・。 今まで気づかなかった自分の気持ちに気づいちゃっただろ・・・?! 心の片隅にあった燃えカスが、じわりじわりと熱を持つと、俯いた俺の頬が高揚し始めた。 「バカだな・・・。お前退院したばっかで、ウロウロすんな。傷口が開くぞ。」 そう言って止めようとしたが、桂は『大丈夫だ。走れば間に合うから。』と、本当に来る気らしい。 「待って・・・、俺が行くから。・・・俺ならダッシュすれば余裕で着くし。」 病人の桂を走らせるわけにはいかないと思った。それに、俺の中で桂に対する気持ちにも気づくものがあったから。 『ホントに来てくれるのか?・・・それって・・・。』 「うん、・・・俺も多分桂の事好きだと思う。だから、待ってて・・・。」 『分かった・・・。ありがとう・・・。』 電話を切ると、その場から立ち上がった。 携帯をお尻のポケットに入れて、一歩前に踏み出した時、不意に引き戻される感触が。 振りかえって下を向くと、布団から伸びた手が俺のジーンズを掴んでいた。 「・・・天野さん・・・起きたの?」 そう言って、手を取ろうとした俺に 「千早・・・・行かないでくれ。」 「・・・え?」 「この手を外したら、お前はここには戻って来ない気がする。」 天野さんは力なく言うが、掴んだ手は震えていた。 「天野さん・・・・・俺、・・・。」 「行くなっ!」 今度は力強く言った。 それでも、時計の針は俺と桂の想いを刻んでいく。 「天野さん、ごめん。・・・俺、行かないと一生後悔するから・・・、だから、ごめんなさい。」 そっと、天野さんの指を一本一本剥し終えると、その手の甲にチュッとキスを落とした。 「・・・・・分かった、気を付けて・・・。」 「うん。ありがとう・・・。」 ドアを開けると、俺はコートのボタンも掛けないまま、全力疾走で走って行った。

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