55 / 167
第55話
---どうして、こんなタイミングで・・・・・
頭によぎった桂の顔。
顔を合わせれば、また気まずいだけなのに・・・。
それでも、今度は電話をとった。
『あ、千早・・・・?!』
「うん、・・・どうした?」
『さっきもしたけど、出なかったから…。』
「うん、ちょっと移動中で・・・。」
電話の向こうで桂の声が’あ・・・’というのが分かる。
ココが出先だという事が伝わったのか。
『ゴメン、出掛けてたんだ・・・・・。遠く?』
「いや、・・・・・美容院の上。」
そう言った後、少し間があいたのは桂が何かを感じているからか。
この間、車で送ってくれた人が天野さんだって話して、俺はお客さんだと言ったけど、桂は俺たちが付き合っていると思ったらしくて。
確かに、付き合ってはいるのかも・・・。
でも、恋人じゃない・・・と思う。
今日、こうしてスタッフの間にいる天野さんを見たら、余計にそう思った。
静かになった受話器の向こうで、桂は何をしているのかと気になる。
「どうした?!まだ入院してるんだろ?」
俺はベッドに背中を預けると聞いてみる。俺の頭の後ろには、寝息を立てる天野さんがいた。
『昨日退院した。・・・貴理に知らせてくれたんだってな。』
「うん、ごめんな。おせっかいだったか・・・。」
『・・・うん。おせっかいだよ。』
桂は、少し呆れたように言った。
俺だってそう思ったけど、あの時はそれがいいことだと思ったんだ。
「それで、そんな事を言うために掛けてきたのか?!もうすぐ年が明けるってのに・・・。」
『・・・年が明ける前に、千早に言いたい事があったんだ。今年中にカタを付けないと、オレはまた後悔することになるから。』
- 後悔・・・?
俺が黙っていると、尚も桂が話し出す。
『オレは、ずっと千早の事が好きなんだ。モチロン友達としてもそうだけど、あの日千早にキスをしたのは、そういう意味の好きも兼ねてだった。』
唐突に言われて、返事に困る。
息を飲んで記憶を遡ると、あの日の桂の瞳が浮かんできた。
俺の口元をじっと見て、焦点が合っていないような、虚ろな眼差し・・・。
「・・・桂・・・・・。」
名前を呼ぶ事しかできない。
『千早・・・・会いたい。オレ、そこに行ってもいい?』
「え?!・・・ここに?」
『そう、下に居て。顔見たらすぐに帰るし。どうしても年が明ける前に、千早の顔を見てちゃんと告白したいんだ。』
「・・・・・」
言葉に詰まって目頭を押さえた。
バカなヤツ。
なんで今更そんな事を言いだすんだよ・・・。
今まで気づかなかった自分の気持ちに気づいちゃっただろ・・・?!
心の片隅にあった燃えカスが、じわりじわりと熱を持つと、俯いた俺の頬が高揚し始めた。
「バカだな・・・。お前退院したばっかで、ウロウロすんな。傷口が開くぞ。」
そう言って止めようとしたが、桂は『大丈夫だ。走れば間に合うから。』と、本当に来る気らしい。
「待って・・・、俺が行くから。・・・俺ならダッシュすれば余裕で着くし。」
病人の桂を走らせるわけにはいかないと思った。それに、俺の中で桂に対する気持ちにも気づくものがあったから。
『ホントに来てくれるのか?・・・それって・・・。』
「うん、・・・俺も多分桂の事好きだと思う。だから、待ってて・・・。」
『分かった・・・。ありがとう・・・。』
電話を切ると、その場から立ち上がった。
携帯をお尻のポケットに入れて、一歩前に踏み出した時、不意に引き戻される感触が。
振りかえって下を向くと、布団から伸びた手が俺のジーンズを掴んでいた。
「・・・天野さん・・・起きたの?」
そう言って、手を取ろうとした俺に
「千早・・・・行かないでくれ。」
「・・・え?」
「この手を外したら、お前はここには戻って来ない気がする。」
天野さんは力なく言うが、掴んだ手は震えていた。
「天野さん・・・・・俺、・・・。」
「行くなっ!」
今度は力強く言った。
それでも、時計の針は俺と桂の想いを刻んでいく。
「天野さん、ごめん。・・・俺、行かないと一生後悔するから・・・、だから、ごめんなさい。」
そっと、天野さんの指を一本一本剥し終えると、その手の甲にチュッとキスを落とした。
「・・・・・分かった、気を付けて・・・。」
「うん。ありがとう・・・。」
ドアを開けると、俺はコートのボタンも掛けないまま、全力疾走で走って行った。
ともだちにシェアしよう!