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第56話

 夜の街を駆け抜けると、冷たい風は容赦なく耳に当たり凍えてちぎれそうになる。 それでも、この先に桂が待っていると思うと、俺の足はどんどん軽やかに地面を蹴って走って行った。 突然言われた’好き’という言葉。 その短い単語にたどり着くまで何年かかったんだろう。 俺に至っては、自分の性癖を桂にだけは知られたくなくて、はぐらかしてばかりだったのに・・・。 いとも簡単に、アイツは俺に’好き’と言った。 中3でしたキスの後、桂は俺に告白したかったんだろうか?! でも、俺がアイツとの距離を広げてしまった。 自分を知るのが怖かった。桂の気持ちを想像する事すら怖くて・・・。 閉じ込めてきたんだ。 俺は走った。 陸上競技に出ている時と同じぐらい飛ばして行った。 そうして、角を曲がると桂の家の方に目をやる。 小さな外灯の光に照らされて、白い息に包まれた桂の姿が目に入ると、思わず「桂っ!!」と叫んでしまう。 静まり返った闇の中で、俺の声は凍った矢のように、まっすぐ桂に届く。 「千早っ!!」 桂もまた、俺の名前を呼ぶと小走りで近寄ってきた。 バフツツツ・・・ 分厚いコートが当たって鈍い音をたてると、俺たちは自然に互いの背中を抱き締めあった。 ほんの5センチ分視線を落とした俺は、桂の揺れる睫毛を見る。 しっかり目を閉じて、俺にしがみつく様にしている姿が愛おしくて、此処まで全速力で走った疲れも飛んでしまった。 「千早・・・ありがとう。来てくれてありがとう・・・。」 「・・・ばーか。俺の方こそ、こんな寒空に待たせて・・・。家の中に居ればいいのに。」 そう言って桂の身体をさらに強く抱きしめる。 「静かに入らないと、起こしちゃうから・・・・。」 桂が口の前に人差し指を立てた。 「ああ・・・、そっか・・・。」 俺たちは、そうっと玄関で靴を脱ぐと、桂の部屋へと入って行く。 外気に晒されてかじかんだ指も、凍えた耳も、中の暖かさに解されていくようで、俺の心もさらに熱が上がった。 「桂・・・・・」 そういうと、ドアを閉める傍から桂の首に手を回し、自分の顔に引き寄せた。 「千早・・・」 桂もまた、俺の背中に腕を回すと、互いの唇を押し当てる。 ヒヤリと冷たい感触。 それが、走って来た俺には心地よかった。 セキを切ったように、俺と桂は互いを求め合う。 キスを交わしながら、重いコートから袖を抜くと、足元に落ちたコートを踏みしめながら、そのままじりじりと桂をベッドに押しやる。 腰から倒れ込み、バフンツとスプリングのきしむ音がすると、それは俺の中で桂の上着をはぎ取る合図のように聞こえた。 「桂・・・・・。いい?!」と、小声で聞くが、「・・・・・ン」と、小さく言っただけ。 その先を知っている俺は、キスをしながらその合間に自分の服を脱いでいくと、桂の服も脱がしにかかる。 全てをさらけ出し、互いに裸になった二人。 狭いベッドに横たわると、寒くない様に頭から布団を被るけど、月明かりが布団の隙間から洩れて桂の顔を照らす。 上気しているような、不安を感じているような・・・・・。 そんな眼差しを俺に向けてくるから、「大丈夫。・・・じっとしてて。」と言ってやった。 桂の下腹には、まだ傷を塞いだ絆創膏が痛々しくて・・・。 そこには触れない様に、そっと背筋を撫でる。 左手で肩甲骨のくぼみを触ると、わずかに桂の腰が動いた。 横向きになって見つめる桂に、一瞬笑みが浮かんだから、「フフ・・・くすぐったい?」と聞いた。 「・・・うん・・・」 恥ずかしそうに言うから可愛くて、俺は尚も指の腹で首の付け根から肩に向かってなぞっていく。 そっと目を閉じて、俺の指に神経を集中しているんだろうか・・・。 時折ピクリ、と動く眉根と小鼻のふくらみが、桂の受けた刺激の度合いを示していた。 - どうしよう・・・、凄くカワイイ・・・。

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