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第81話
天野さんの視線の先に、ちょっと前の自分を重ねる。
今、鏡の中のモデルに微笑みかけているのは、俺の知っている天野さんじゃないような気がした。
・・・いや、これが本来の天野さんの姿なんだろうな。
俺に見せていたのは、違うベールをまとった姿で...........。
「千早く~ん!ちょっとこっちにおいで。」
モデルの女性を残して俺の方を向くと、手招きをした。
「え?・・・俺ですか?」
「うん、おいで!」
仕方なく、紙袋を脇のテーブルに乗せて天野さんの所へ向かった。
大きな鏡の前に立つと、そこに映るモデルが俺の顔を鏡越しに見る。
彼女は椅子に座っているが、目の周りを赤い紅で縁取られ、その瞳は色味の薄い口紅とは対照的に艶めいていた。
「ちょっと髪の毛触らせて。・・・・伸びたな~・・」
そういうと、結わえたゴムは解かれて、天野さんの手が俺の髪を撫でていく。
「うん、・・・いいわね。千早くんていうのね、可愛い名前。」
さっきの女性が俺の背後に立つと、鏡の中の俺に向かって言った。
なんだか変な感じだ。こんなに知らない人にまじまじと見られて、恥ずかしくなるけど、俺の前にいるモデルと二人で映る姿が別世界のようにも思えた。
「二人でいっちゃう?!・・・・彼に紅だけひいてみてよ。」
その言葉で、天野さんが俺に近寄り赤い口紅を塗る。
俺は固まった。緊張もあるけど、なんだか実験台にされた気分。
女の口紅を塗られて変な感じだし・・・。恥ずかしい・・・・。
「ちょっと、彼女の着物持ってきて。」
スタッフに言ったのは女性の方で、俺は目だけがキョロキョロと忙しく動くだけで、その様子を突っ立って見ていた。
鏡の中のモデルの女性も、ちょっと呆気にとられた顔で周りの人たちを見る。
一体何が始まるんだ?!
俺は、言われるまま着ている服を脱がされて、素肌に女物の着物を羽織らされてしまった。
もちろん下までは脱がされていないけど、完全に乳首は晒された。
天野さんに見られるのも、今となっては恥ずかしいのに、こんな知らない人たちに迄..........。
「あ、あの・・・一体何です?!」
やっと口を開けた俺は、天野さんに聞いてみた。
「ああ、ごめんごめん・・・。ちょっと美容師向けの雑誌があってさ、そこに入れる写真を撮るとこなんだけどね。」
「・・・はあ、・・・美容師向け、ですか?!」
「そう、撮るのは彼女なんだけどさ。・・・千早くん気に入られたみたいだね。」
「ええ??・・・いや、俺写真とか、雑誌に載るとか・・・マジで勘弁してくださいよ。」
焦って言うが、天野さんはニッコリ微笑むだけで、執り合ってくれそうにない。
こんな格好で何かの雑誌に載るとか、あり得ないよ。ホントに参った。
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