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第102話

 桂が向こうへ行って3週間。 相変わらず店は忙しい。嬉しいことだけど、前の様に達成感は得られなかった。 疲れて帰っても、労いの言葉を掛けてくれる相手がいない。ひっそりと、自分で作ったご飯をかきこんで寝るだけだ。 ポケットから携帯を取り出す。 桂からの電話は掛かって来なかったし、メールもない。 まあ、分かっている事だった。 向こうに行ってしまえば、毎日が生活をするのに必死で、仕事もきっと重労働。 現地の人間を沢山雇ってはいるが、現場の指示は日本の企業の人間がしなくちゃならない。 それに、今回のプロジェクトの中では桂が一番若いという。だったら尚更、桂に自分の時間なんかある訳がない。 そもそも、電波事情も悪いって言ってたしな・・・。 どうしても日本での生活を基準にしてしまうから、余計な心配をしてしまう。 こんなに繋がれないという事が不安になるなんて・・・。 今までなら、3週間ガマンすれば帰って来たのに・・・。一体いつまで続くんだっていうくらい、俺は限界を感じていた。 「元気してる~?!」 そう言って店に入って来たのは天野さん。 白いシャツのボタンを胸まで開けて、麻のパンツを穿いているが、足元は相変わらず裸足に草履だ。 今の時期ならまだいいけれど、冬でこれはちょっとイタイ。 「ちわ~っ。元気で~す。」 一応返事はしておく。 「なんだよー、元気ないじゃないか。・・・ちゃんと食べてんのか?オフクロさん心配してたよ?!」 カウンターに肘を乗せて、頬杖をつくと俺の顔を覗き込んだ。 目が合うと、口元がニッと笑う。 心配してくれてるのかな・・・。そんな事を思うと申し訳ない。 「オフクロ、俺には何にも聞かないのに・・・、なんで天野さんに言ってるんだか。俺は大丈夫ですよ、ちゃんと飯食ってますから。」 「そう?・・・ならいいけどね。どう?今夜オレとデートしないか?」 「え?・・・」 天野さんの顔をまじまじと見てしまった。 桂のいる所では、よく言う冗談。わざと桂を煽るのが好きなんだよな。でも、今の状況じゃ冗談と言えなくて・・・。 「ごはんだけなら、いいすよ。肉食わせてくれます?」 俺も少しだけニヤけて聞いた。昔の様にマジに受け取って断るのも大人げないし。 「肉、ねぇ・・・。いいよ、焼肉にしようか?」 「いいんですか?・・・なら、8時頃そっちの店に行きます。」 「うん、待ってる。じゃあね。」 それだけを言って、天野さんは店を後にする。 最近では、美容室以外の仕事もするようになって、益々得体のしれない人になっているが、俺に対しては変わらず優しく接してくれる。知り合って間もない頃、天野さんの事を好きだと思っていたけど、その好きはちょっと違っていたみたいで、すぐに桂へ行ってしまった。普通なら俺の事見放しても仕方がないのに・・・・・。 そんな昔の事を思い出しながら、棚の商品を並びかえると、店内の客を見る。 平日は、やっぱり男の客が多い。 見るからにホストっぽい奴もいるけど、最近は学生が多いな、と思った。 ひとつ先の駅前に美容の専門学校が出来て、それから此処にもそこの学生が買いに来るようになったが、初々しくて可愛い。 この前の高校生じゃないけど、ホント、若いってだけで眩しい存在だ。 俺も、天野さんから見たらそんな風に見えていたんだろうか。

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