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第105話

 夏が終わりを告げる頃、所どころで聞こえるセミの声も弱くなりはじめ、桂のいない空間にも慣れ始めた俺だった。 正直、2ヶ月が過ぎるまでは辛くて、自分でも知らず知らずのうちに落ち込んでいたみたいだ。 天野さんやはじめママ、うちのオフクロにまで心配をかけた俺も、やっと平常心を取り戻した頃、アネキがふいに家へやって来た。 「今回の仕事はすごく大変らしいよ。日本から運んだ重機も設置するのに時間がかかって、おまけに地盤も良くないらしい。設計のやり直しっていうの?また細かい数字見直してるって言ってたわ。」 テーブルの上に、何やら得体のしれない物を並べながら話してくれる。 「友田さんから電話あったんだ?!」 俺は、扇風機の前に陣取って座ると、アネキの方を見ながら聞くが、「そう、久しぶりの電話よ!あと、これは送ってきた物。」と言って笑う。 それを見て「食い物?」と聞く俺に、 「違う違う、なんかね、向こうの工芸品なんだってさ。千早が興味あるんじゃないかって、送って来たのよ。」 そういうと、木彫りの塊を手に取って俺に見せた。 「・・・・へぇ、友田さんが・・・?」 立ち上がって近寄ると、それを受け取ってかざして見る。木彫りの動物をかたどったブックエンドらしく、対になったモノが4セット。 これだけでも重いだろうに・・・。わざわざ国際便で送って来たのか?! 「桂の事、なんか言ってなかったか?俺なんか全然電話もらってないんだけどさ。酷くない?」 アネキに言えば、少し笑いながら「桂くんは元気にしてるってさ。早く仕事終わって帰りたいって、そう言ってたよ。日本が恋しいらしい。」という。 「・・・恋しい・・・?!」 その言葉が、俺の心に深く浸透する。 俺が恋しい。の間違いじゃないのか?・・・・・な~んてな。 ふふふ、っと、薄ら笑いを浮かべた俺。 「電話っていったって、変な時間にかかってくるから、千早なんか寝てる時間だし、桂くんも悪いと思ってかけて来れないんじゃないかなぁ。」 アネキの言葉で、俺も納得した。きっと桂の事だし、俺の睡眠を邪魔しない様に考えてくれているんだろう。 「それにさあ、話してる途中でブツって切れる事もあるんだよ?!全く、どんなところなんだろね!」 「へえ、そうなんだ・・・。じゃあ、来月買い付けの時に寄りたいって思ったんだけど、連絡取れるのかな?」 「そうねぇ、前もって何度か連絡してみれば?交通手段も微妙だし、日本みたいに時間なんか守ってくれないわよ。下手したら、今日はもう走らない、とか明日になるとか、とにかくビックリするぐらいアバウトだからさ。」 「え、マジ・・・?!まあ、そういう所だから桂や友田さんも行ったんだろうけどな。」 「本当に、あの二人は物好き以外の何物でもないわよ。」 アネキと二人で顔を見合って苦笑いをする。 そんな男に惚れた俺たちも、かなりの物好きなんだけど・・・・・。 俺の想いは、心の中にそっとしまい込んだ。 取り敢えず、桂が地の果てで元気にしているのが分かってホッとした。 俺も、この場所で元気に仕事して、桂の元へ行ける日を楽しみにしておこうと思う。 ここで暮らした時間に比べたら、離れて過ごす時間はあっという間だ。きっと、素晴らしい橋が架かって、現地の人たちにも喜んでもらえて、真黒に日焼けした桂の顔を拝む日が来る。それまでは、俺は自分の出来る事をしておくつもり。 - - -  友田さんが送ってくれたブックエンドは、俺の店のカウンターでしっかり役にたっていて、時折お客さんが商品かと思って値段を聞くほど店にマッチしていた。 パスポートの手配を整え、2週間後には買い付けのために南米へ行くことにしていた俺は、桂に電話を入れてみた。 もし繋がればいいし、繋がらなかったら直接訪ねてビックリした顔を見るのも楽しいと思っていた。 何度もコールはしているが、一向に出なくて・・・。 仕方がない、外では電話が聞こえないのかも・・・。 そう思って切ろうとしたときだった。 「千早?!・・・マジ?」 興奮した桂の懐かしい声が。 「なんだよ、マジって・・・。電話しちゃダメだったか?」 ちょっと拗ねる俺に、「ああ、ごめん。そういう訳じゃないよ。嬉しくてさ・・・。今、丁度事務所に戻ってきたとこなんだ。さっきまで工事現場にいたから。」そう言って、益々弾んだ声で話してくれる。 「2週間後に南米からそっちへ回る予定なんだけどさ、桂、時間取れる?」 「う~ん、時間は・・・難しいかな。でも、こっちへ来いよ。最低でも俺の宿舎に泊まればいいんだし、夜なら時間取れるから。」 「うん、じゃあ、また連絡する。もし電話が繋がらなくても、桂のいる事務所に行くから。アネキから住所は聞いてるし、多分大丈夫だろ。」 「・・・2週間後か、・・・・・待ってるよ。」 「うん、・・・・待ってて。」 「「・・・・・・・・・・・・・」」 しばらく沈黙の時間が流れる。言葉は発しなくても、伝わる息遣いで互いの存在を感じさせてくれた。 「・・・じゃあな、まだ仕事中だろ、頑張って。」 「うん、ありがと。千早もガンバレ。・・・じゃあな。」 「うん・・。」 たった数分で終わった俺たちの会話。 ちょっとはにかむような口調の桂の声は俺の耳に残り、閉じた携帯を胸に当てると、桂の笑った顔が目の前に浮かんできた。

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