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第109話
重苦しい空気に包まれた機内では、あまり人の話声もしなくて..........。
急遽この便を手配してくれた企業には感謝するが、一般の旅行客もいて、家族連れの姿を目にするとかえって辛くなった。
謙は、空港にたどり着くまでに疲れ切ってしまったようで、今は俺の腕に身体を預けて眠っている。
小学校にあがってからは、向こうに行くことも少なかった筈。数少ない渡航の記憶に、こんな事が含まれるのは辛すぎる。
スヤスヤと眠る謙の頭を撫でながら遠い記憶を遡ると、なぜか中学の時に交わした初めてのキスが脳裏に浮かんできた。
..........こんな時に.........
そう思いながらも、あの日に戻れたらどんなに嬉しいか。閉じた瞼の裏で、アイツの高揚した顔が浮かんでは消える。
「あと、どの位かかるんだろう。.........アネキ、眠れなくてもちゃんと目を閉じて休んでおけよ。」
隣に目をやると言ったが、アネキは、うん、と返事だけをして小さな窓越しに見える雲の様子を眺めていた。
オフクロに似て気丈だと思っていたけど、やっぱり女だ。本当は倒れそうな程心細いんだろうな。でも、謙がいる事で自分を保っているんだと思う。母は強し、か.........。
長い長い時間をかけて、やっと桂のいる国に到着すると、むせかえるような熱気に包まれた滑走路に降り立った。
見るからに途上国だと分かる空港内で、現地の社員が出迎えてくれるが、用意されたプロペラ機に乗り換えてまた1時間程飛ぶ。
やっと着いたかと思えば、そこから今度はバスに乗り換えて1時間と少し。
徐々に広がる茶色い景色に、気分はどんどん沈んでくる。
長雨の後だと言っていたが、舗装されていない道は粘土質の土が滑り気をおびて、時折バスのタイヤも空回りをしていた。
そして、俺たちは目にする。
遠くに見える川のほとりには、無残にも崩れ落ちた橋の残骸があり、大きな岩の様に流れる水の邪魔をしていた。
かろうじて残された橋脚は一つ。
それを目にした家族の中からは、むせび泣く声とどよめきが起こった。
俺は叫びたい気持ちを押さえると、アネキと謙の手を握る。力強く握り締めて、突きつけられた現実を受け止めようとした。
「...........痛い、.......」
謙が発した言葉で我にかえると、そっと手を離して背中に置く。
「あそこに、お父さんいる?」
「.....................」
「.....................」
ここにきて、取り繕うような言葉は掛けられない。
あそこに居たとしても、無事にいるとは思えなかった。それほどまでに状況はひどすぎて........。
バスの到着と共に、工事関係者の説明が行われた。そして、その間にも助かる人がいるのではないかという期待が、集まった家族を興奮させる。怒号の様な、非難の様な言葉が口々に出始めると、その場は騒然とした。
飛び交う怒号に関係者の表情も歪む。それでも、救助隊の捜索は続いていて、俺たち家族はそれを見守るしかなかった。
「.......ひどい、こんな所で.........」
「こんな辺鄙な所じゃ救助にも時間がかかるんじゃないのか?!」「もっと人員を増やせないのか?!」「国は何もしてくれないの?」
そんな言葉を耳にしながら、俺たちは遠く外の景色に目を移す。
確かに、大勢の人が救助の手を差し伸べてくれていた。でも、....................。
用意された宿舎に着くと、それぞれ物思いにふける家族たち。
俺たちは、なんとなく落ち着かなくてテラスに出ていたが、そこへ友田さんの同期の人がやって来た。その人はここで働いていたが、丁度別の用事で日本に戻っていたらしい。そして、この事故の報告ですぐに戻ってきたという。
「桂くんのお父さんにも連絡させてもらいました。本当に残念です。」
その言葉で、身体の中の神経がすべて切れたかのように、崩れ落ちてしまった俺。
「だ、大丈夫ですか?!」
「......は、い........すみません......大丈夫です。」
手を差し出され、その手を掴むと起き上がる。
アネキと謙も心配そうに俺を見たが、なんとか立ち上がってドアの淵に身体を預けた。
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