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第116話
「取り合えず座って落ち着きなさいよ。まだ消息が分からないんでしょ?」
オフクロは心配そうに俺を見るが、その事とは全く別の話をしようとしている俺は、なんと切り出せばいいのか悩んでいた。
「おぅ、千早帰ったか。.....あっちはどうだった?」
親父が風呂から出て来て、俺の背後に来ると肩を叩きながら言った。
こんな時にかぎって親父がいるって.........。
まあ、どのみち二人には話しておきたいと思ってはいたが、更に緊張して言葉が出て来なくなった。
「なに?どうしたのよ........、座んなさいよ。」
突っ立ったままの俺の背中を手で押すと、オフクロがソファーに座らせる。
「あのさ、........桂も友田さんも、全くどこにいるんだか分かんないんだ。かなりの範囲を捜索しても、姿が見えなくて。」
「そりゃあ、大きな事故だし川に投げ出されたんじゃ..........、そう簡単には見つからないだろう。」
親父が顎を擦りながら神妙な顔で言うと、その横でオフクロも、うんうん、と頷いている。
「塔子はどうするのかしら.......。
謙を育てながら生活するのは大変だよ。かといって友田さんの実家に住むわけにもいかないしねぇ。」
「アネキは、謙と二人で友田さんの帰りを待つって言ってるよ。もし、帰って来ない事になったとしても、覚悟はできたって.....。」
「そう、........可哀そうに........謙が不憫だわ。」
部屋の空気が重くなった気がする。
ここで、更に重い事実を告白しようとする俺だったが、どうしても話のきっかけがつかめなくて........。
うな垂れて膝に置いた手を握るしかなかった。
「アンタも、気を落としてばかりじゃダメだよ?!桂くんの事、ちゃんと待っててあげないと。」
「.......あ?.......うん、そうだな。.........その、...........えっと、............」
口ごもる俺。
「今夜はここに泊まっていったらいいさ。お前の部屋は俺のガラクタ置き場になってるから、塔子の使ってた部屋で寝ろ。ベッドもあるしな。」
そういうと、親父は「おやすみ」と言って部屋に戻って行った。
残された俺とオフクロ。
お茶を入れてくれて、テーブルに置くと言った。
「桂くんがお嫁さんだったらねぇ、お母さん仲良くなれたと思うのよ。あの子いい子だもん。」
「え?....ヨメって.......?」
「あぁ、どっちがヨメになるのか分かんないけど、.........男同士の場合はそこんところ、どうなのかしらねぇ?」
「.......はあ?な、何言ってんの?」
「だって、見てれば分かるわよ。あんたたちの関係。」
「.......!!マジ?.........てか、やっぱりバレてた?」
俺は少しだけホッとした。遠回しに気づいてほしかったってのもあるし、事細かに桂との馴れ初めなんか話すのは恥ずかしい。
昔を知られているだけに、いったいいつからこうなったのか、なんて聞かれても答えようがなかった。
「お母さんはね、アンタが天野さんを好きになったらどうしようって思ってたの。お客さんだし、あの方もいい人だしね。」
「オフクロ、.......俺が女の子と付き合えないって、気付いてた?」
「そりゃあ、母親だもん。自分の子供がどんな子か分かるって。一番近くにいるんだよ?!」
「......ん、そうだよな。......天野さんにはよくしてもらったけど、俺が好きになったのは桂で。」
「そう、........ある意味、ホッとしたわ。いつも一緒に居た桂くんが、千早の事を好きになってくれたんなら、お母さん的には何もいう事ないよ。むしろ、あちらさんに申し訳ないくらい。」
「はあ?どういう事?申し訳ないって.....」
少しだけカチンときてしまって、オフクロの顔を見る。
「だって、桂くんお付き合いしていた女の子がいたじゃない。
こんなむさ苦しい男になっちゃって、ホント、申し訳ないわよ。もう少し小ぎれいにしておきなさい。」
俺の顎ヒゲに手を伸ばすと言ってくるから、思わず顔を引いてしまう。
でも、オフクロの優しい眼差しは、案外嬉しそうでもあった。
普通なら、絶対受け入れてはもらえないだろう。
自分の息子がゲイとか、あり得ないって思うだろうな。
うちの親は、周りの人から見ても変わり者だと思われているせいか、世間に対しても見方が違うのかな。
「こんな俺でも、恥ずかしくない?」
「バカねぇ、アンタを恥ずかしいなんて思ったことはないわよ。まあ、思ったとしたら、成績落として再々追試を受けた時くらいか。」
「..........、そう、か.........。」
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