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第118話

 - - - 日本へ戻ってから2週間。 毎日首を長くして、桂や友田さんの会社から来るかもしれない連絡を待つ。 アネキも俺も、そろそろ待ち疲れてしまい、もう一度現地に飛んでこの目で確かめたい衝動にかられる頃。 心の支えは、桂の父親から来るメールの文面に、二人の遺体は見つかっていない。という文字が打たれている事だけ。 頭のどこかで、ひょっとしたら..........という思いと、きっとどこかで生きている。という思いが交差する。 現実と希望の狭間で生きているみたいな俺たちは、夏の強い日差しが秋の風で和らぐという事さえ気づかないまま。 「だいぶ秋めいてきましたね。」 「............ぁ、ええ、........そうですね。」 天野さんに呼ばれ、久しぶりのヘアカットをしてもらっている時、隣に座る年配の女性から声を掛けられた。 ぼんやり鏡の中の自分を見つめていた俺は、その言葉で現実に引き戻される。 「矢島さん、今日はこんな感じでいいでしょうか?」 エリコさんが女性に尋ねると、ニッコリと笑いかける。 「ええ、有難う。随分と軽くなって、気持ちも軽くなったみたいだわ。」 「よかったです。」 隣の会話を聞きながら、目が合った俺はニコリと微笑んで会釈した。 品の良さそうな年配の女性を目で追いながら、(髪を短く切ったら、気分も軽くなるんだろうか.....)なんて考える。 「千早くんはこのままがイイよ。」 すかさず天野さんが、鏡の中の俺に言った。 - 心を読まれてたか.......? 「そうですね、もうこの髪型と顎ヒゲは定着しちゃいましたからね。これじゃないと、別人だ。」 「......ヒゲはなくてもいいんだけどな。」 「え?そうですか?!.......まぁ、でも桂が戻るまでは........このままです。」 俺がそういうと、俺の後ろで寂しそうに天野さんが笑う。 「今夜、久々に上の部屋に来ないか?はじめちゃんが休みだから、うちでDVDでも観ながら酒盛りしようって事になったんだけど。」 「.....有難うございます。でも、俺が行ったら重い空気になっちゃいますからね、やめておきます。二人で楽しんでください。」 「千早くん、.......たまには気持ちを切り替える事も必要だよ。桂くんの事を心配する気持ちは分かるんだけどさ、その気持ちを持ち続けるのはキツイだろ。一日くらいは自分を解放してやらないと............。」 「分かってます。........分かってるんです。..........でも、何をしても何を観ても楽しめない。優しい言葉を掛けてもらって、申し訳ないんですけど、.........解放なんて出来ないから。」 「.......そう、か..........。じゃあ、今夜は止めておくか。また今度誘うよ。オレも誘うのをやめる気はないんでね。この先も誘い続けるから、いつか来てくれたら嬉しいな。」 「......有難うございます。.........いつか、........」 天野さんの店を後にして、俺が向かった先は自分の店だった。 実は、開店休業状態で、気分のいい時だけ店のシャッターを開けておくという事をしていたら、定休日がいつか分からなくて、客足がどんどん引いて行ってしまった。 いくら繁華街の側にあるからといっても、ほとんどシャッターの閉まったような店には入って来ないだろう。 前は商品を気にいってくれて、遠くから来てくれるお客さんも多かった。一駅先に出来た美容学校の生徒も多くなった矢先の、桂の事故。 あれから数える程しか開店していない。 それに、買い付けにも行けてないから、商品も補充できていないし。 誰が見たって、やる気の無い店主だ。 夕方の6時に店を開けたって仕方がないが、秋物の商品を倉庫から出しておこうと思った。 昨年のものが少し残っているし、値段を下げて売りつくしてしまってもいい。 何なら、店ごと失くしてしまっても..............。なんて考えが、頭の中でクモの巣を貼る様に広がってくる。 棚の上に、秋物のTシャツを広げている時だった。 「こんにちは。今日は開いてる・・・・・」 そう言って入ってきた顔を見ると、俺の目は釘付けになった。 「あ、.........久しぶり、だね。いらっしゃい。」 「買い付けに行かれていると思ってたんですけど............」 棚の上の商品を眺めると、少年が言った。 「............、うん、ちょっと行けてないんだ。これは去年モノ。」 俺は棚の下の引き出しに手を伸ばすと、顧客カードをめくってみた。 確か、最後に書いてもらったのがカレ。 そのまま見ずに仕舞ったきり忘れていた。 「おーはら、って言います。僕の名前。」 カレは、俺の手元を見ると言った。 「あぁ、おーはら君、ね?!..........えっと、........え?横浜から?」 記入された住所を見て驚く。ここからはずいぶん離れているし、17歳と書かれている。 「それを書いた時は・・・・・、今は三田駅から4つ目の所に住んでいます。書き直した方がいいですかね?!」 そう言われて、もう一枚カードを出すとカレに渡した。 「引っ越ししたんだ?!」 カウンターで記入する長い指を見ながら聞く。 「...........親に、..........捨てられたんです、僕。」 カードに記入し終えると、うっすらと笑みを浮かべながら、カレは静かに言った。 「.......................」

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