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第120話

 誰もいない店内を見廻すと、カウンターの上の棚に友田さんのお土産のブックエンドがあり、それを見たら二人の事を思い出した。 そういうとあの二人は性格が似ていたような気がする。 凄く優しいのに、時折ものすごく頑固になる。 包み込む様な愛情を向けてくれたんだと、今になって思い知った。 天野さんに言われたように、時々は自分の気持ちを解放してやらないといけない。 でないと、俺自身が深い闇に呑まれてしまいそうだった。 アネキはちゃんとやれているだろうか..........。 その晩、気になった俺はアネキのマンションに向かう。 昔通っていた大学から近く、謙が生まれると毎日のように顔を見に行ったものだ。 この間はあまりの衝撃で、このマンションが要塞の様に怖く見えたが、今夜は昔通りに映った。 前もって電話を入れておいた俺は、買い物を済ませるとエレベーターに乗り込んだ。 足取りは決して軽くは行かないけど、少しだけ気分も落ち着いたのか、ドアの前に立つとゆっくりインターフォンを鳴らす。 「......はい。......開けるね」 声にはまだ覇気がなかったが、ガチャリとドアが開くと案外顔色のいいアネキを見て安心する。 「どう?ちゃんと飯食ってるか?」 いきなりそんな事を聞く俺に、 「千早の方こそ、青白い顔して.........。あっちに居る方が日焼けしてたじゃない。」 少し覗き込まれたからフイッと顔を背けた。 そんなに青白くなっちまったかな? まだ少ししか経っていないのに..............。 「日本は蒸し暑くてたまんないな。向こうも、そうだったけどさ。外に出る気がしないんだよな。」 「それは......、そうだけど。あたしなんて謙が外へ行きたがるから、付き合いで出かけるうちにこんなに焼けちゃったわよ。」 そういうと、日に焼けた腕を俺の目の前に持ってきた。 「謙は?」俺が聞くと、「今夜は花屋に泊まるって......。あっちは甘えさせてくれるから、それに花が大好きみたいなのよねぇ。一日中植物図鑑とにらめっこ。」と言って、少し苦笑いになった。 買ってきた物をテーブルに並べると、アネキが冷蔵庫から冷えたビールを取り出し俺の前に置く。 「はい、ご褒美。」 そう言ってビールをコップに注いでくれた。 「この間、俺、親父たちにカミングアウトしたんだ。桂とのこと..........。」 アネキの顔色を伺うが、平然としている。 「そう?!良かったじゃない、報告出来て。......なんて言ってた?」 「オフクロは、特に何も。っていうか、桂が嫁さんだったらよかったのにって。」 「へぇ、お母さんらしいわね、ふふっ」 「親父は......まあ、分かったって。なんだろ、怒る訳じゃないけど、俺がオカマになったと思ってる。」 「オカマ?........ふふふっ、笑っちゃう。」 俺の顔を見ると、笑いながらグラスに口を付けた。 久しぶりに笑った顔を見た気がする。俺もつられて笑えてきて、自分が女装した姿を想い描いたら、尚更おかしくなった。 「お父さん、そういう人は何でもオカマだと思ってるのよ。分かってないのよ。.........まあ、仕方ないわよね。」 「ああ、そうだな。でも、俺たちが好きあってるのは、なんとなく気づいてたって言ってた。」 あの晩の親父の顔は忘れられない。 凄く親不孝をしているような気がして申し訳ない気持ちと、こんな俺を受け止めてほしい気持ちが交差する。 どうしたって、普通に女と付き合えないってのが分かって、自分でもどうなってるんだか分からないんだ。 けど、桂がこんな俺を好きと言ってくれて、本当に幸せだった。 「千早、..........前にも言ったけど、何があってもあたしは大丈夫だからね。 アンタは自分の事を考えなさいよ。桂くんにもしもの事があっても、アンタは自分の人生ちゃんとまっとうするの。」 「....................」 「お店の方も、休んでばかりじゃお客さんがいなくなるよ?!仕事はちゃんとしなくちゃ、ネ?!」 「....................」 分かっている、と言いたかったけど、俺は周りに心配をかけているんだと思った。 アネキの方が、謙を連れて辛いっていうのに............ 「うん、ちゃんとやっていくよ。好きでやってる仕事だし、桂と暮らしても、自分の食いぶちは自分で稼ぐってのが基本だからな。」 「そうよ、それに............謙にも千早の背中を見せてやりたいのよ。ちゃんと頑張ってる姿を教えてやってほしい。これからのあの子の為にもね。」 「........、なかなか厳しいな。俺の背中なんか見てたら、謙までオカマになっちゃうぞ。」 「はははっ、いいわよ。どんな男の子連れて来ても驚かないから。...........謙の人生だもん。」 「.........つくづく、うちは変わってんなって思うよ。でも、助かる.........。」 その晩は、俺とアネキでビールを飲み明かし、昔話まで引っ張り出しては遅くまで笑い合った。

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